さて、石田昭男氏が駿河に持ち込んだ
旧熱海信用組合預金通帳の名義は
父彦太郎だが、相続した石田氏の
実兄(歯科医)だったが、
加齢による諸般の事情から、
実弟昭雄氏に不必要となった
身の回りの整理を依頼され、
当該有価証券の他に純金細工物や
川端龍氏の絵画等についての
処分についても相談されていた。
で、旧信組の預金通帳起債残高は
39万円強が記載されたいた。
昭和34年当時の39万円である、
今のレートに換算すれば大金である。
これを卸さずに今に至っているのだから、
金銭に余裕のある資産家だねと、
駿河銀行熱海支店の相談室で
待たされている間、
石田家のルーツを訊ねてみた。
父は新潟県三条市の出身で
丹那トンネル工事を機に
熱海に移り住み、福見町で
酒屋を開業して財を成したという。
その父が、つまり通帳の名義人
石田彦太郎氏が、
旧熱海信用組合理事長に
就任したというのは初耳だった。
そして話しの中で実に面白い
エピソードにたどり着いたのである。
(つづく)