ブルネイ王国から熱海温泉へ配信された交流の糸

今日の熱海温泉は、3日ぶりに雨が上がり、
基幹産業従事者にとっても久しぶりに”灯”のさす日曜日となった。昨日、

澤田紘氏(ブルネイ日本友好協会 事務局長)からブルネイ最新情報が
メール配信されているので、ご紹介したい。これは、、
2月13日付けBorneo Bulletin紙と共に添付されていたのだが。
現地新聞の切り抜き写真から想定して、彼(澤田氏)の
ブルネイでの立ち位置が判断できるものだった。添付内容は、
2月12日に行われた、
日本ブルネイ両国の交流事業への
ワドド殿下の理解と協力に感謝して、
広瀬日本大使より日本大使表彰状が大使公邸で手渡された。とあり、
・・・・・・
ワドド殿下は国王の姉君マスナ王女の長男であり、

http://www.brunei-online.com/weekend/news/feb13h7.htm

写真説明に関しては、向かって前列左より、
澤田、広瀬駐ブ大使、ワドド殿下、
ワドド殿下夫人、澤田夫人、中郡公使と記されていた。


この他、観光都市熱海の宣伝も兼ねて、
どなたか和太鼓を3名ほどボランティアベースで、ブルネイにて
演奏していただけるセミプロチームや同好会がいないか、との、要請もあった。
う〜ん、である。企画とはいえ早くも、
ブルネイと熱海を結ぶ”良縁”が舞い込んでこようとは。予算その他、
クリアしなければならない課題もあるが、ほぼ、実現可能なお話に、
小鼻が膨らむのを押さえながら、知人に話を持ちかけたのは言うまでもないが、

このイベントの詳細と和太鼓チーム参加を募るための詳細は明日掲載して、
今日は、澤田氏が50年ぶりで小生のブログから探し当て、
熱海とブルネイを結びつけた、
正則学園高校時代の友人でその名の通り、”宝”を運こぶ随縁を引き寄せた男、
高宝祥氏と澤田紘氏の現在に至る履歴の一端をご披露したい。

高氏は電話交信の後、澤田氏のこれまでの経緯をファックスにて知る事となった。
//// 高宝祥さん ////
今朝は懐かしい声を聞けて幸せでした。思い出して頂きありがとうございました。
僕は農大を卒業して1年後の(昭和)43年3月に
青年海外協力隊でインドに赴任、45年に帰国して三菱商事、日清製粉、
日本農産工業、日本ハムの合弁企業ジャパンファーム(株)を立ち上げ、
鹿児島に赴任、7年間創業に携わり、次は
三菱商事・日本ハムの合弁事業を立ち上げに福島に赴任、その後、
当時三菱商事の儲け頭であったブルネイ天然ガス事業の協力事業である
ブルネイ政府と三菱商事の共同事業MCFARM社を創業。数年で帰国するつもりでしたが、
結局これまで33年間ブルネイに居住する事となってしまいました。
・・・・・・
60歳で帰国するつもりでしたが、この国の当時の国王特別顧問
一時資源産業大臣からのこってブルネイと日本の橋渡しをしろと言われた事と、
ブルネイでの交友関係も深く広くなっていましたので、
投資事業コンサルタントを立ち上げ残留する事にしたのです、

(つづく)

今日はこの後、午後7時より、
市内渚町のイタリアンレストラン「門」にて、
月一親睦会「安井会」が開催される予定となっており、続きは明日以降。

村山憲三 ▪︎熱海市議会議員(5期)  

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