脚本家の石森氏とは、この時期、
築地で「石森青春脚本塾」を主催していた。
その石森氏の秘蔵っ子だった「鈴木盛子」さんが、メインで
書いたのが、向井寛監督のロードムービー「故郷」だった。
この作品は介護保険法が施行される前の作品だったが、
向井監督は、
高齢化がますます進む日本。
「老人は元気だぞ!」と全国民にアピール。
この映画は日本で最初の
”マラソン婆さん”
を題材にしたロードムービーです。
老人と若者のぬくもりを軸に
笑いと涙の感動映画を作りたいと思います。
ニートや引きこもり等の呼称すら無い時代
7年も前に、
”予防医学の原点”のような帯の付け方である。
そして、この作品は
故郷3部作の第2作目として制作された。
主役は「淡島千景」さん。
http://www.sankei.co.jp/mov/int/97/1022awashima.html
脚本塾の主催者の一人として、
脚本(本)の中に、当然「熱海市」を導入しなければならない。
が、それには、タイアップスポンサーが不可欠だった。
スタッフ、機材、交通費、移動費等々
熱海市でロケを敢行するとなると
総額300万円ほどかかる。
しかし、作品が地味だ。
小生は、ブロックプロデューサーという位置づけ。
当時は今ほど、熱海市がさび付いてはいなかったが、
金銭的タイアップとなると、
どこも、いい返事はしない。
やっとの思いで、
熱海市、熱海後楽園、旅館立花、シルバービラ熱海等に協力をお願いした。
作品には、川口市長や数人の熱海市議が
歓迎レセプションのシーンで登場願った。
現在熱海市議会議員の「梅原一美」氏にも、協力をお願いした。
しかし、梅原氏、「何で足しか写っていないんだよっ、」て笑いながら、
”怒っていた”事を鮮明に思い出す。
あの場面で、得したのは、「笹島」の洋さんと、
岡本功さん(故人)だった様な
思い出がある。
故郷
製作=Mukai Production 配給=東映
1999.04.10
110分 カラー ワイド
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企画 ……………. 向井寛城 間嶋豊
ゼネラルプロデューサー ……………. 野村光義
プロデューサー ……………. 内藤三郎 宗豊
プロデューサー補 ……………. 中島誠一郎 金子寿美子
製作担当 ……………. 力武敏彦
監督 ……………. 向井寛
助監督 ……………. 芝山隆二
脚本 ……………. 石森史郎 向井寛 鈴木盛子 島来夢
撮影 ……………. 鈴木史郎
美術 ……………. 矢野貴章
録音 ……………. 中山隆匡
整音 ……………. 中山隆匡
照明 ……………. 柴田信弘
編集 ……………. 神谷信武
出演 ……………. 淡島千景 津島恵子 大滝秀治 清川虹子
尾美としのり 今井雅之 三井ゆり 奥村公延
中尾彬 宍戸錠 ポール牧
(写真は、今井雅之さんと。親水公園にて)
http://www.mars.dti.ne.jp/~kenichi/
蛭川まきこさんも、司会役で出演願い、
東映本社での試写会にも出席頂いた。
この作品には、はぐれ雲(沢竜二主演俳優座昭和52年)でご一緒だった、
「奥村公延」さん、友人の結婚式で
協同司会した「ポール牧」さんも出ていたが、
熱海ロケではお会いできなかった。
この作品は、東映配給で、
全国で単館上映された。