Today's Kenzo

Published on 11月 30th, 2009 | by ken@jyohou.com

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児童文学者、故佐藤真佐美氏への追悼メール

さて、今日は予定通り、熱海市議会12月定例会での討論用の
通告書を提出してきた。項目案件については、
小川財政課長と議会事務局の中で若干の校正をした以外、
取り立てて真新しいニュースもないので、通告書の内容は、
明日の本会議初日に掲載して、今日は別の話題を提供したい。
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小生の数少ない親戚の中に、児童文学作家として活躍した、
佐藤真佐美さんがいる。故人は今年3月24日、肝臓がんのため逆立ちして小便をする愛犬ふ_
山梨県の病院で69歳の生涯を閉じた。この訃報に関しては、
山梨日日新聞3月25日号に記載された顔写真を転写して、
ブログの中でご案内したが、先月頃から故人への追悼文が、
コメント欄に書き込まれてくるようになったことから、ここで改めて
故人の略歴と頂いたコメントを併せてご紹介させて頂こう。故人は、
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酪農学園野幌農業高校から、札幌短大、
玉川学園大学文学部を卒業して、
1971年から一年間アメリカ遊学して、
1973年に「マンガの世界」で北川千代賞佳作、その後、
酪農大学と玉川学園大学の図書館司書を勤め、
1974年に山梨県市川大門町に移住する。
・山梨県スポーツ奨励賞
・山梨県文化功労賞奨励賞の他、著作として、
・「これはしつれい大せんぱい」
・「ジョンガラの歌がきこえる」
・「ぼくらは地底王国探検隊」
・「ぼくらは知床岬探検隊」
・「ひよいこのかいかたしっている?」
・ゆりこと宇宙人ビリビルの冒険」
・「甲斐むかし話の世界」
・「山梨学院大学箱根駅伝物語」他、山梨日日新聞によれば、
山梨学院短大、山梨英和短大講師などを歴任、
県内の児童文学勉強会、子ども文学探検隊で講師を務めるなど、
創作活動の底辺拡大に尽力した、とあり、
やまなし県民文化祭文学部門専門委員・審査員の他、
市川大門、市川三郷町議も努めたが、病に倒れ帰らぬ人となった。
その足跡へのコメント第1号は、横岩良太さん。
/////  投稿日時: 2009年9月19日 12:25 PM //////
はじめてコメントさせて頂きます。今日ふと思い出し、
佐藤真佐美さんの作品「ぼくらは地底王国探検隊」を検索するうちに
こちらのブログへ辿り着きました。この本は
私の記憶にある、一番最初に読んだ小説です。それまでは御伽噺や何かの、
いかにも子供のために書かれた簡単な本しか読んだことがありませんでした。
これも児童文学とはいえ、しっかりした小説だったと思います。
まだ小さかった私は「ぼくらは地底王国探検隊」を読み、
読書という行為のあまりの面白さと強烈さにすっかりやられ、その後
たくさんの本を読みふけるようになりました。子供の頃に一度読んだだけで、
どなたが書かれたのか知りませんでしたが、先ほど検索した結果、
佐藤真佐美さんが書かれたこと、他にも著作物があることを知り。さらに
このブログで今年亡くなられたことを知りました。遅まきながら
私も冥福をお祈りします。そして図書館へ行って、二十数年ぶりに
「ぼくらは地底王国探検隊」を読んでみようと思います。
それでは、失礼致します。  また、
/// 江藤初生さんからは / //
はじめまして。佐藤真佐美さんのご生前、児童文学、
火山洞窟学会で大変お世話になった者でございます。このたび、
両会の機関誌に、佐藤さんの追悼文を書くにあたりまして、サイト名を記入のうえ、
横岩さんのコメントの使用をお許しいただきたく、
お願い申し上げる次第でございます。わたくしも、ささやかながら
児童向けの本を出しております。20数年も経たのち、
こんな素敵なコメントをいただいたらどんなに嬉しいとことでしょう。
『中部児童文学』の追悼文には
「作家冥利」というタイトルをつけさせていただきました。このコメントを、
作者・佐藤真佐美さんに読んでいただけなかったことが、
まことに、残念でなりません。後に続く者として、
子どもの心に残るものを書いていけたらと願うばかりです。
青木が原の洞窟探検には、
市川大門のお家に泊めていただき、ご一緒させていただいたものです。
懐かしい思い出になってしまいました。
佐藤真佐美さんのご冥福を心よりお祈りしております。
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横岩さん、武藤さんありがとうございます。
故人になりかわりまして厚く御礼申し上げます。


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