訃報相次ぐの項で、
葬儀を担当したのが、
西村葬儀店。
それもそのはず、
社長の「石村孝治」氏は、
故川上健次氏が役員だった、
ホテルの株主でもあり、
日大時代は、
故山口新氏の一年後輩で、
子供の頃からの顔見知しりという間柄。
昨日は、
熱海市議会観光福祉委員会委員として、
熱海芸妓置屋連合会主催の、
祭事と重なったのだが、
山口家の告別式に出席させて頂いた。
火葬場では、石村氏と、
故人を偲ぶ数々の共通した、
思い出話を綴り合うひと時を過ごした際、
ゴルフ談議にも花を咲かせた。
石村氏とのゴルフ歴も長いのだが、
技量は小生より数段上で、
パターを得意としている。
「ゴルフはパットだよ。パット・イズ・マネー」と、石村氏。
ちっとも上達しない小生のゴルフに
歯がゆく思ったのか、
ー明日事務所に”パター”を届けるよ”と、
今日の正午、
”テーラーメイド・モンザ”を、
小生の事務所に届けていただいた。
石村氏、
昨夜2時50分ころ起きた地震に触れ、
ー伊豆半島東方沖地震を思い出すーと、
観光地への影響を危惧した。
伊豆半島を震源とするこの地震で、
熱海市内でも震度4を記録、
その後5回ほど群発している。
専門家の話では、
同程度の地震が起きる可能性を指摘しつつ、
過去の例からも、
概ね1~2週間で終息し、
GWへの影響は少ないとの見解を示した。
★★★★★★★★
とは言え、
予測できないのが天災である。
地震で蘇るのが、
細川連立政権が誕生した、
1993年の7月12日)に北海道・奥尻島で発生した、
北海道南西沖地震だ。
ここの地震で、
津波と大火事で島が壊滅状態となり、
死者・行方不明合わせて239人の犠牲者を出した。
その後この島へ、
行政視察させて頂いたが、
地震と津波、火災による被害は
筆舌に尽くせないほどの大惨事だった。
この地震が忘れられないのは、
小生が「ロシア」を訪れた年だったからである。
かつて小生が発行していた日刊紙、
”東名新聞”紙上で、
モスクワや、
”チェチェン・イングーシ自治国”(当時)の
首都「グローズニー」を訪問した記録を、
「ロシア紀行」”コーカサスの赤い風”と題して連載した。
改めてこの紀行を振り返ってみることで、
故金平会長(協栄ジム)、
アントニオ・猪木さん、
ナイタイ・円山社主と小生を繋ぐ原点があったのか。
また、
今後、円山社主との交流において、
ロシアとのスポーツ、文化のジャンルや他のビジネスにおいて、
友好的民間外交の潤滑油となれば幸いだ。
(1992年3月、日本ジャンボーを表敬訪問した”マモダエフ経済担当相ー当時ー)
ロシアへの出発は6月2日と決まった。
未知の国に対する皮算用は膨らむばかりだ。
NHKテレビ・ロシア語会話、六ヶ国語会話「ヨーロッパ・ソ連編」
地球の歩き方「ソ連」、エリアガイド「ソ連」と、取り揃え、
教育テレビの画面とも格闘する。
ロシア語は難しい。
無知を演じて会話の中から、
”距離”を図ろうとは、10年早そうだ。
それにしても夢見たいな話が、
日一日と現実味を帯びていく。
が、
間近になるにしたがい、
不安感が増幅してくるのも隠せない。
経済破綻、超インフレ、政情不安、
核管理問題、赤いマフィアの台頭など、
今次期の”渡ロ”への不安と緊張感も隠せない。
(つづく)