午前中、第3庁舎議員控室にて、来客(椿志保さん)のお相手をしていたら、
高橋弘会長(万葉倶楽部)から電話が入る。確かにご指摘通り、PC画面から、
昨夜アップしたはずのブログ投稿が消えていた。ただ、facebookにはアップされていた。
う〜ん、サーバーのトラブルか又は、事務所のMacがご臨終に近いのかは定かでないが、
原因究明を求め、HP&サーバー管理者に電話をしたが、
多忙のようで繋がらないため、高橋会長のリクエストにお応えして再投稿する。
昨夜の月一親睦会(安井会)は熱海市渚町のイタリアンレストラン「門」で開催された。
旬の魚介類をアレンジしたオリジナルコースで約2時間、話題は多岐に。
消費増税法案可決の是非に始まり、二人のドクターが本音を吐露した。
医師会会員数の定員割れ状況とその弊害、混合診療に関する情報等、
この親睦会でしか聞けない真新しい内幕話等が次々と飛び出し退屈させなかった。
退屈させないと云えば一昨日は上京してから帰宅するまで目紛しく動いた。先ず、
東京国立近代美術館フィルムセンターにて、監名会に顔をだす。監名会とは、
NPO法人日本映画映像文化振興センター主催、超党派映画議員連盟後援の
「邦画の検証と継承」で、第113回目となる名作映画の鑑賞に、
石森史郎氏(脚本家・日本ストーリーデザイン大賞審査員)の
「約束」(監督斎藤耕一、脚本石森史郎)が上映され本人がゲスト講演した。
開映時間の午後1時30分に間に合うように熱海を出たが、フィルムセンターを
フィルムライブラリーと早とちりしてしまう。スマホのマップを頼りに
JR有楽町駅京橋口を右往左往。石森氏に電話を入れ間違いに気ずき、大汗もので
銀座線に飛び乗る。その電車になんと、この春、熱海のイベント企画を前提に、
塩野靖氏(スカイパートナー)から紹介されたM氏が、小生を介して知り合った
知人の会社のスタッフと同じ電車で仲睦まじく談笑していた。
M氏からここんところ音沙汰がなかっただけに、意外な組み合わせに正直、驚く。
京橋で下車する際に、よっ、ど〜も。と、皮肉を込めて肩を叩けば、
狐につままれたような顔で苦笑した。この偶然の邂逅は何を示唆しているのか。早速、
塩野氏に電話を入れる。さて、話が長くなるので、この先、手短に振り返えれば、
石森氏の講演が終わるのを待って中央線で吉祥寺へ向った。劇団前進座では
納涼会を前に 歌舞伎浴衣勉強会「勧進帳」がエピローグの真っ最中だった。
舞台を締める劇団幹部は、
ー1982年10月の開場以来、劇団前進座の本拠劇場としてまた
地域の文化拠点として、 30年にわたり皆様にお支えいただいた吉祥寺・前進座劇場は、
来年2013年1月公演をもって、 閉館することとなりましたーと、満員の客席に挨拶していた。
そのあと幕を引き、 劇団の中庭にて開催される納涼会へとなだれ込んだ。
そのイベントで 石森氏から紹介された役者さんの一人に、忘れられないこの顔が。
今村民路さん(現 藤川矢之輔さん)だった。藤川さんはその昔、
1973年に始まった 「伝七捕物帳」(日本テレビ版)で、かんざしの文治役でレギュラー出演。
主演は 前進座の座長「中村梅之助」さん。「伝七捕物帳」は中村さんが、
テレビ時代劇に主演した代表作の一つで、撮影が始まった当初、国際放映で活躍していた
宇仁貫三氏(殺陣師)が小生の知人の殺陣師仲間(上西孝治氏)に分業した事で、
トータル10本近く”切られ役専門の仕出し”を現場に送りながら立ち会ったことが甦った。
藤川さんの記憶力は素晴らしく話している中で、その時のエピーソードを次々と口にした。
石森氏の紹介でこの懐かしき顔が、現役の役者さんとして活躍している事で、
劇団前進座の結束と今後の活躍を期待しつつ、今日の出会いに感謝する。