黒ニンニク普及に関する昔日の思い出。(2)

当時、

黒ニンニク普及に関して、
原料確保と生産に関しては、
日本の中で、
二人の先駆者がいた。

R・コーポレーションの、
H木K治代表と、
ニンニク普及協会の
A木T夫氏である。

二人の先駆者から、

河南黒的蒜生物工程有限公司から、
黒ニンニク生産に関する、
招聘依頼を受け
3泊4日の日程で渡航している。

メンバーの一人に、
東大阪の
ティアイシーコンテンツの
M脇社長も
その一人だった。

この渡航は、

当時、
黒ニンニク生産の研究開発を続けていた、
R・コーポレーションには、

河南省鄭州市にある、
河南黒的蒜生物工程有限公司に、
親族の従姉妹が在籍していた関係で、
また、
A木T夫氏(ニンニク普及協会)の
無臭製造技術に
Rコーポレーションが、
出資をしていたことから、

当時は、
黒ニンニク製造技術に関する、
特許申請中の技術にとどまらず、

全中国の70%を占める
蒜の産地としても、
また、
この醗酵黒大蒜(黒ニンニク)が、

中国や日本のみならず、
将来的には、
”EU”やアメリカ進出も
視野に入れての、
事業着手であると推測していた。

その時の渡航メンバーは、
H木T夫氏、H氏パートナーの”R”さん、
A木T男氏、小生を含めて、M氏と
同じ大阪から
もう一方を含めて総勢6人だった。

渡航時には、
鄭州市関係者からの手厚い歓迎を受け、

基本としては、
日本の技術移入と投資に関して、

河南省鄭州市内に展開する、
高技術発展地区を案内され、

海外からの技術移転を促進し、
税制の
優遇措置等を活用して頂きたい、
との意向を受け、

技術的には、
ハード面は日本と同程度のものは作れるが、
ソフト面では、
相当立ち遅れているとの、
認識を強く持っていた。

以上、

小生と黒ニンニクに関する、
当時取り組んだ、
一人としての思い出の一コマでした。

村山憲三 ▪︎熱海市議会議員(5期)  

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