熱海温泉は元来、
明治維新から
明治150年を迎える今日まで、
非日常的な空間を
観光客に提供することで、
存在価値を示してきた。
明治維新後は、
成島柳北(ジャーナリスト)が、
明野新聞を通じて、
坪内逍遥とともに
熱海温泉を広め、
また、
明治33年には
読売新聞に連載された
尾崎紅葉の小説
金色夜叉が
熱海温泉を全国区にした。
以来、
熱海温泉イコール
金色夜叉の
イメージと重なり、
良しにつけ悪しにつけ
100年以上もの、
長きに渡って。
熱海温泉を
引っ張ってきたのは、
衆目の
一致するところである
しかし、
ネット時代が到来し、
スマホが
世の中の仕組みを、
大きく変化させてきた
現代においては、
金色夜叉の
ストーリーを知らなくても、
東海岸町にある
貫一お宮の銅像が、
金に走った恋人を
熱海の海岸で
足蹴にした所謂、
明治時代の
DVを象徴していると話す、
観光客の声も耳にする。
物語が完結する前に
作者が没しており、
未完のストーリの結末は
知る由もないが、
金色夜叉が
ラブストーリーであることには、
異論が無い。
さて、
今年6月開催された
熱海国際映画祭が
尾崎紅葉生誕150年を記念し、
かつ、
明治150年を記念したもので、
小生が、
韓国映画として関わり
招待作品となった、
「熱海のやまほうし」もまた、
熱海芸妓(半玉)と
K−popシンガーとの
現代版金色夜叉とも云える、
ラブストーリである。
この映画祭を通じて、
出品作品
「カメラを止めないで」が
25億円以上の
興行収益あげたことなど、
来年以降の
熱海国際映画祭が
熱海温泉を
世界に広める可能性があり、
文化庁が助成金を出すこと等、
この機に乗じて、
熱海温泉が
再‘’再生‘’きることを期待して、
小生の選挙公約も
第一回目の映画祭に
直接間接的に
関わってきたものとして
熱海国際映画祭を軸に
組み立てている。