昨日は都内にて美容コンサル、
育毛開発プロデューサーの
久田篤氏と、
友人が経営する
新宿歌舞伎町にある
「ヘアーサロン P」の、
新規育毛部門の展開について、
筑波大名誉教授で
飲む育毛剤を研究雷発する
細川淳一氏と
ヘアーサロン「P」オーナーの
中平行治氏も同席して
提携案を含めて情報交換する。
なにがどうかについては、
今のところ公開できないが、
時が来ればご案内したい。
さて今日も、
髙橋弘会長(万葉倶楽部)の自伝、
神奈川新聞連載、
”わが人生”その(31)を転載する。
ー1950~60年代は、
旅館や料理店だけでなく、
家庭でも酒類や醤油を
配達してもらうことが一般的でした。
父が静岡県熱海市で営む
髙橋酒店に54年に入った一日は、
注文取りから始まります。
「おはようございます。
何かごようはありませんか」と。
お得意さんに
ご用聞きをして回るのです。
個人のお宅だと
こんな返事が返ってきます。
「そうね、今日はお客様があるから
ビール一ダースもらおうかしら」
その注文を伝票に書き入れます。
こうして何十軒も回って店に戻り、
午後は商品を配達して回ります。
代金は商品と引き換えに
その都度払ってくれる家と、
いわゆる「つけ」で月末に
一括で支払う家とがありました。
(つづく)