早いものだ。
故菊間一光氏が逝って
丸2年が経過した。
その3回忌の法要が
南熱海「富西寺」で営まれた。
菊間氏と云えば、
熱海温泉のバブル期に
表題にある通り熱海市の
二つの外郭団体のトップの座に
長期間君臨し、
業界を牽引してきた人物である。
正直、存在感が強すぎて、
市民からの評判は権力者として
毀誉褒貶相半ばする存在だった。
また、小生の
市議会挑戦(昭和53年)に尽力し、
また印刷屋を起業した時期に
故人も「旧中央ホテル」を起業、
神奈川県かを中心に、
販売促進用に大量のチラシを配布、
あっという間に、売上げを伸ばした。
そのチラシのデザインやコピーを
一手に任せられる等してチャンスを
与えてもらうなど、
雨宮崇彦氏(ニコー)共々
蜜月状態が続き、世間からは、
1、2、3トリオと揶揄われた。
ただ故人が、
2軒目のホテルを起業した頃から
世の中がバブルに突入し、
運気が一気に上昇するとともに、
新しい人脈が増えるにつれて、
意見の食い違いが生じる等次第に、
距離を置くようになったものの、
恩人であることに変わりはなく、
家族の方々との絆は今も
変わることなく繋がっている。
故人を偲ぶ度に、
盛者必衰、会者定離、諸行無常を
我が身に置き換えながら合掌している。