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台湾総督府時代の後藤新平と飯田豊二。(下淡水渓鉄橋建設)

今日は今月初めての上京となる。昨日は
飯田真一氏が都内の日台交流協会を訪問した。

その関連で午後からJR神田北口改札口にて
この企画書のサブメインとして添付してある

日台合作映画プラン「天空への道」(仮題)の
脚本を担当する石森史郎氏と打ち合わせ、

昼食後に地下鉄千代田線で赤坂に移動し知人の
赤坂事務所開設のお祝いに伺う予定である。さて、

昨日の続き、smartnews(産経ニュース)の

李登輝元台湾総統が日本外国特派員協会での
記者会見でのコメントのうち、現在企画中の

飯田豊二関連の企画書の土台となるのが、
台湾総督府時代の台湾人がみる日本人への、
意識と位置づけについて抜粋して掲載する。

・・・・・

李元総統

ー台湾の非近代的な農業社会から
近代的な社会に持ち込んだ。一番大きい問題は

司法。行政と司法が分割していない地方社会を
日本ははっきり行政は行政、司法は司法と分けたー

ー後藤新平は本当に台湾のために奮闘した。

こういう 人 がいるからこそ台湾は
永久に日本を忘れない。そして

総延長1万6千キロに及ぶ用水路をつくった
八 田與一先生。こういう人たちに対して

台湾では神様みたいに大事にしている。
台湾と日本との関係はおそらく韓国とは全然違う。

韓国は国として日本と合併した から、
韓国に対する対応はむしろ台湾よりいい。

台湾人というのはある程度日本からの
差別を受けていたが、社会全体が伸びてきていると。
そういうところでは 台湾人はやはり
日本のやり方に対して高い評価を与えているー
ー日本の東日本大震災におい ても当時の総理は
人民が苦しんでいることを承知していたのか。

指導者が一番大切なことは自分を忘れて
国や人民のために奮闘することだが、
長い間日本でも忘 れられている。戦後の
この状態から脱するということが非常に大切だー

まさに、飯田豊二は台湾総督府時代に
後藤新平の命を受けて、

高雄下淡水渓鉄橋敷設建設に鉄道技師として
命をかけて完成させた功労者なのである。

プラン扉

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