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鈴木義之氏逝去(AAP・OB、元スズキ印刷代表/伊豆山岸谷)

朝イチで鈴木義之氏の訃報が届いた。鈴木氏は小生の大恩人の一人で、
昭和53年9月の市議会補選に落選した後立ち上げた「サンシン印刷」を
愚妻と共に支えて頂いた方である。思えば印刷屋(自由印刷)買収の条件として
三顧の礼を持ってお迎えした方だった。また、小生にとっては
鈴木氏の存在なくして今は無いと言っても過言ではないほどの大恩人である。

出身は伊豆山岸谷。高校卒業後、美術印刷(現AAP)に入社後、
諸般の事情で自由印刷へ。また、AAP出身のOBとしての信頼も厚く、
腕利きの職人として、熱海市内の印刷業界では一目置かれる存在だった。当初、
サンシン印刷は市内のホテルオーナーや出入り商人有志で組織した
「三伸商事株式会社」の一部門としてスタートした。当然、
株主に対する自由印刷買収前の事前リサーチを念入りに行い、

自由印刷を買収する条件として、オフセット印刷から活版まで優れた技術を持つ
鈴木氏獲得を前提に交渉する。当初鈴木氏は難色を示していたが、
これまでの印刷屋とは違う手法で収益を上げたいとの熱意が通じたのか、
最終的には小生の説得に首を縦に振って頂いた。この約束は、

昭和53年12月にPR紙(たうんたうん熱海)第1号を発行して履行する。その後
日刊紙(東名新聞)を買収し、スズキ印刷にバトンタッチした。ただ、
惜しむらくは50歳代で首の神経を痛めたことだ。体に不自由を強いられ
通院加療等が重なりスズキ印刷も廃業せざるを得なくなったが、
お孫さんにも恵まれ、晩年は悠々自適にノンビリ人生を歩んでいたが、
今朝の鈴木氏の奥方から知らされた突然の訃報に唖然とする。

それにしても不思議なのは、昨日のブログでは石田昭男氏を取り上げつつ、
鈴木氏が印刷したマンガチックなチラシを掲載しており、今後も、鈴木氏と
コンビで制作した面白チラシをご案内しつつ、昭和50年代から平成にかけての
東海岸町ホテル・旅館の奮闘記を綴る予定だったからだ。ただ今後も機会を見て

鈴木義之氏とのコンビで世に出たチラシを紹介することで、
大恩人に対する供養とする予定である。—鈴木さん。ありがとうございましたー合掌

故鈴木義之氏

 

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