故高田定信医王寺17世住職を偲ぶ。

今日は生まれてから66回目の誕生日である。愛犬ふ〜との定番散歩を終え事務所に入れば、
富岡隆氏(富岡酒店)や加藤則夫翁(元市議)その他、毎日事務所に顔を出す皆さんと
いつも通りの日常会話から事務所の一日が始まった。今朝は則夫翁が、
先日本葬を終えた故高田定信氏(医王寺先住職)に関する思い出話で口火を切った。

故医王寺前住職と云えば、今から17~⒏年前前に遡るだろうか、
故池田満寿夫氏(芥川賞作家・版画家)の葬儀の際の思い出が目に浮かぶ。あの時は、
高橋弘会長(万葉倶楽部)を中心に我々友人一同が、故人のご指示のもと
大きな葬祭のお手伝いをさせていただいた。そのことをキッカケにして、故人には
付かず離れずの距離からご指導を賜ってきた。また、平成14年に
17世住職を引退し閉栖に退いた後も、町内会の世話人を長く務め、その他、
熱海市の社会福祉協議会、その他ボランティア活動を積極的に取り組み親しまれた。
誕生日に故人を偲びつつご冥福を祈り、かつ、




則夫翁には定信先住職の分まで長生を期待し、午後1時まで事務所にて資料整理をする。
その後、自宅ビルラーメンハウスにて昼食を済ませ知人の到着を待った。知人とは、
間方信一郎氏(ジャパンボトルドウオーター社長)のことだ。間方氏は磐田市の工業団地内で、
業界を代表する大手飲料水ボトル製造業を経営している。ただ最近、某企業から
合併話が持ち込まれており、その成り行き次第では小生が推進している丹那湧水に関連する、
熱海への投資家誘致が大きく前進する可能性を秘めており、誕生日に相応しい
期待していた通りの来熱となったのかについては、後日報告したい。また、今日は多くの、
facebookトモダチからお祝いの言葉を頂戴したことに感謝を申し上げます。さて、


昨日掲載した来宮神社手前のガードについて、松尾氏から補足するメールが届いている。

熱海鉄道同好会・創立50周年・記念鉄道展鉄道関連資料・蒐集品の展示から、
福島屋が沼津駅で配付した昭和5年の時刻とガードについて転載する。




戦前の絵葉書・来宮ガード建設中
鉄道省熱海線の西進の際に西山から福道にかけては築堤が作られました。
来宮神社前には参道があり、また、糸川が流れている為に、
石とコンクリートによる構造物が作られ、その上に盛土がされました。
建設当時は東側が神社参道、西側が糸川の為のガードでしたが、
その後、交通量の増加に伴い、糸川部分は暗渠となり、現在に至っています。
所謂、掘削したトンネルでない事から今は来宮ガードと呼ばれています。

(丹那隧道開通時に鉄道省が配付したパンフレット)

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