松林モトキさんの絵番付と石森史郎氏(脚本家)との絆

先ずは、昨日の大相撲入場券をプレゼントして頂いた
T興産のT副社長にはこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。
ありがとうございました。今年は今場所で3度目の国技館となりました。

石森史郎氏(脚本家)共々最上の席から楽しませて頂きました。さて、
昨日観戦した大相撲秋場所6日目。その観戦記については
断片的にFacebookにアップロードしたことで、今日は、
土俵上以外で拾ったエピソードをご紹介したい。





国技館の常設売店には絵番付販売コーナも設けられている。
石森氏に案内されたのが、その絵番付を販売する
松林モトキ氏のコーナーだった。あ
石森氏と松林氏の出会いは今から30数年前の1975年に遡る。

1975年といえば、石森氏がNHKの連続テレビ小説
「水色の時」(大竹しのぶ主演)の脚本を担当していた年である。
この時の思い出については、石森氏から直接聞いたのだが、
更に詳しくネット検索(Wikipedia)したのをコピペして、
ストーリーをご紹介すると、物語は、長野県松本市を舞台に、
医大生を目指すヒロインと看護婦の母という
親子の交流を通して家族のあり方を見つめる作品で、

平均視聴率は40.1%、最高視聴率は48.7%という、
現在では考えられないようなお化け番組だったようだ。私が言いたいのは、
このまちおこし、観光振興の見本のような脚本を書いたのが
石森氏であるということと、テレビの影響力についてである。

熱海温泉も何とか、3:11以降の閉塞感を吹き飛ばすような、
映画やTVドラマの舞台とならないのだろうか。についてである。
メディアが先行しても観光地としてのインフラ整備の遅れに関する異論もあるが、
熱海の観光振興には映画やTVドラマの舞台として、
夢と希望を与えるようなストーリーを創作できればと、
平成の金色夜叉をテーマに脚本、俳優、監督の3点を念頭に、
石森氏にオリジナル脚本をお願いしているところでもある。さて、

フィルムコミッションによる熱海の観光振興。
映画やTVの誘致と観光振興への熱海市の考え方や捉え方については
熱海市議会9月本会議にて通告しており、後で詳しくご案内させて頂くことにして、

松林氏との名刺交換を通して、1975年当時の石森氏との出会を聞かされた。
売店には途切れない来客と買い求めた絵番付に筆でサインを書き込む。
その手を
休めることなく話しが出来る職人芸に見とれつつ、
水色の時の
大竹しのぶの演技についてや、桜田淳子が歌った
テーマ曲「白い風よ」(作詞石森史郎)で
ビクターの作詞大賞を受賞した話しだけでなく、

故丹波哲郎氏の長男丹波義隆さんのTVドラマデビュー作であることなど、
今年3度目の東京場所観戦で見つけた、土俵以外での
人の絆と暖かい人間関係についてや、人脈の大切さを勉強させられた。

 

 

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