小生の知人が18日
相次ぎ黄泉の国に旅立った。
一人は「川上健次」さん(70歳)。
一般には馴染みの薄い名前だが、
市内梅花町に住居を構えてから、
20年以上が経過する。
故川上氏は、
ウオミサキホテル「菊間一光」氏の同級生として、
ホテルの前身、
「中央ホテル」創立メンバーの一人、
常務取締役として活躍してきたが、
事業が拡大するにしたがって、
経営方針をめぐり、
何らかの葛藤を起因として、
早い時期、ホテルを離れている。
川上氏には当時、
出入り業者(サンシン印刷)として、
間近で可愛がって頂いた。
また、縁とは不思議なもので、
川上氏のご令嬢が、
あろうことか、
小生の故郷”北海道釧路”の
大きな材木屋のご子息と結婚したのである。
この結婚式には、
小生も出席させて頂いき、
その後、
釧路に帰省した際、
娘さんご夫婦とは、
お子様がお生まれになった後も、
ラーメンの「まるひら」(釧路市米町)で、
何度か偶然にもお会いしている。
最近では、川上氏とは、
ハンディや車ですれ違う程度の、
接触しかなかったが、
お世話になった恩を感謝するとともに、
ご冥福をお祈りいたします。
(故川上氏ご令嬢の釧路市内での結婚式)
あと一方は、
「山口新」氏(60歳)。
故人は加工魚を中心とした
高齢者用の訪問販売
「新八」を個人経営していた。
また、かつては、
日大野球部のキャプテンを務めるなど、
熱海市伊豆山を軸に、
子供のときからリーダー的存在だった。
そうした環境は、
熱海市議8期、28年5ヶ月在任した、
父君「故山口包夫」氏や
母君「山口藤子」さんの厳格な教育方針にあった。
父君は、
昭和58年10月22日午後3時26分、
不慮の交通事故に遭遇し、
外傷性脳内出血で逝去されたが、
それまでの市政特別功労賞、
全国東海県下各市議会議長会25年特別表彰等の
功績から、
昭和58年11月、
勲四等瑞宝章を叙勲している。
写真は17年前、右から吉田氏(つるや質店)、
中、山崎氏(山木屋精肉店)、故山口新氏。
小生と、
山口新氏の関係は古く、
愚妻の同期生ということだけでなく、
日刊紙(東名新聞)発行編集人当時は、
敵対していたこともあったが、
度量の大きな「山口氏」は、
42歳の厄落としの集まり以降、
寛大な心で接していただいてきた。
ここ7~8年は、
公私共に小生のアドバイザー的存在で、
議会人としての立ち振る舞いについて、
一匹狼的存在だった、
亡父「包夫」氏に重ねる点が多々あったようで、
その経験と危機管理法などご指導頂く事は多かった。
山口氏のお子さんの進路等で、
更に親密度を増した矢先の訃報だった。
ついに、ガンと戦って約20年、
18日未明、
新氏は帰らぬ人となった。
通夜、告別式、火葬場へと、
葬儀には大勢の同期生や友人、野球仲間等が
駆けつけ、
小生もその中の一人として、
最後までその死にご冥福をお祈りさせていただいた。