温泉こそ熱海活性化の“源泉”だ。
湯前神社は熱海温泉の守り神だ。
雨宮治興宮司(来宮神社宮司)、内田進(奉賛会長・熱海温泉組合長・古屋旅館代表)
のもと、春季例大祭が斎行された。
神社の祭り神は「大己貴命(おおなもちのみこと)・小彦名命の二神。
大湯間欠泉
苑地から汲み湯して、神前にお供えすることで泉脈を絶やさず、源泉所有者の繁栄と、
熱海市民の健康長寿に加え熱海市の繁栄を祈る神事である。
同神社の歴史は古く、約1240年前に、「伊豆国神階帳」に
「従四位上熱海湯の明神」と記されているという。
徳川の時代から、健康長寿を叶える霊泉として、全国の諸大名はもとより
湯治に訪れる人々で溢れかえっていたという。
内田進奉賛会長(古屋旅館)は、多くの参加者にお礼を述べ、「改めて温泉に対する感謝の気持ちと、湯前神社を守っていくことで、泉脈が絶えず熱海温泉の繁栄を願う」と挨拶した。
写真は9日、宵宮祭にて、
前列左から鵜沢精一氏(熱海温泉ホテル旅館協同組合長・新かど旅館)
一人おいて、馬場節男氏(熱海食品衛生協会長・しろき旅館)
後列、田島秀雄静岡県議
10日、湯前神社境内にて献湯祭と源実朝の歌碑奉納
「伊豆の日金・熱海を語る会」(渡辺行久代表、太田君男会長)が、湯前神社献湯祭の当日、同境内にて、「源実朝」歌碑奉納奉告祭及び序幕引きを執り行った。
「都より 巽にあたり 出で湯かり 名はあずま路の熱海(あつうみ)という」
この歌は、1214年(建保2年)正月、実朝が23歳の時、
第四回目の二所詣(源頼朝が始め、実朝は伊豆の熱海を8回訪れ多くの歌を残した)で
熱海の大湯温泉を崇めた讃えて詠んだものという。
江戸時代初期に描かれた「豆州熱海絵図」にも、湯前神社とともに記されている。
この歌碑は、白御影石製(高さ1,2㍍、幅約1,8㍍)で
日金山や走り湯にある碑とあわせて回遊コースとして
観光客に広めてほしいもの。
この日は、元熱海市議会議員「故山口包夫」氏の令夫人、
山口藤子さんも、元気な顔を揃えていた。(写真下段中)
こんばんは
相変わらず、先生こんな時間に書き込むなんて
一体、何時寝てるんですか?
よく聞くんだけど、全くもって不思議???
先生も宮司もお元気そうで何よりです。
やっぱりブログのタイムリー性は管理している僕らの方が感心している次第です。
(いつも身近に接している感じというか。。?)
只今、名古屋の波多野社長、朽木社長と三連チャンの仕事の最終日で、例のレオパレスホテルから投稿してます。
明日、お昼にお世話になります。
今日は、蒲郡にある例のハーバーに初めて連れて行ってもらい感激! 噂以上でやはり いつも先生が言う
百聞は一見にしかず・・ つまり自分の目で確かめないと”ホント”わかりませんね。
素晴らしいロケーション、船の規模等素敵でした。
熱海も海、名古屋も海、僕の大阪の自宅近くの浜寺マリーナ、和歌山マリーナシティ、はたまた故郷の長崎・佐世保の西海の海 海繋がりなんでしょうか・・?
朽木社長、運転ありがとう! でもセルシオの中、お子さんの玩具散乱してるあたり う~ん社長らしいですね!
先生こんな素敵な皆さんと、お土産話しましょうね。
ワタリガ二のパスタ、食通しか知らない味噌煮込みうどん 美味 美味 ご馳走様でした。
明日は、まず先生のお店のネギチャボールに肉味噌もやしラーメンと洒落こんでもいいですか?
あ~さすがに眠くなってきました。zzz zzz
おやすみなさい