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Published on 9月 6th, 2006 | by ken@jyohou.com

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「高野山」奥の院へ

9月6日(水)朝のワイドショーは、
各局とも、
秋篠宮妃紀子さま出産への、
カウントダウンに大きく時間を割いていたが、
散歩中の午前9時過ぎ、
愚妻から携帯に、
無事出産の知らせが入った。
秋篠宮家の慶事は、
小生だけでなく、
日本中が祝福する一日となった。
毎日垂れ流される、
”壊れていく”親子の絆をめぐる、
”憂鬱”な事件を、
全て洗い流し”払拭”し、
社会問題となっている、
少子高齢化への歯止めが、
大いに期待される、
男子誕生のニュースだった。
さて、
DR喜多との”和歌山行”
もう一つの目的が、
高野山の総本山、
金剛峯寺(こんごうぶじ)、
奥の院を参拝し、
「DR喜多」縁の、
高野山「準別格本山」
御所房「巴陵院」にて、
護摩を修していただくことだった。
坊秀雄元衆議院議員の墓を参拝したあと、
DR喜多が、
ここの名物の一つに、
”流しそうめん”があるが、
小腹が空いたから、と、
案内されたのが、
川の流れる「和風レストラン」
釜飯と流しそうめんの、
”貴水荘”だった。
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標高1,000メートルを超える、
山中だけに、
自然の恵みを生かした、
素朴な造りに、
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何の変哲もない、
”そうめん”も、
格別の味わいをもたらし、
”美味さ”を引き出すと、
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大阪喰飲B級ハンター”松本”のテッチャンは、
「DR喜多」の奢りに、
感謝をこめて”世辞”る。
食事を軽めに済ませ、
高野山をネットで検索すると、
弘法大師 空海が、
弘仁7年(西暦816年)に
嵯峨天皇より高野山開創の勅許を得、
真言密教の根本道場として開き、
標高1000メートル前後の
山々に囲まれた平坦地にあり、
豊臣秀吉公とゆかりのある建物を
金剛峯寺と呼ぶそうである。
高野山』、
宗派を問わず、
日本国内だけでなく
外国からも、
心の安らぎを求め参拝、
観光に訪れるという。
時間的に、
「奥の院」だけを
参拝することになっていた。
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「奥の院」は、
高野山の信仰の中心であり、
弘法大師の聖地で、
一の橋から、
2キロに及ぶ参拝道には、
おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や、
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日本企業を代表する
麒麟麦酒や日産自動車、
シャープなどの企業の、
祈念碑、慰霊碑の数々が
樹齢千年を超える杉木立の中に立ち並んでいた。
ここで
約1時間ほど探索し、
皇室のお寺で”禁裏御所房”という、
巴陵院へと、
向かったのである。
ここで、”業捨”の引き合わせか、
はたまた偶然か、
”奇遇”が、
何の前触れもなく待っていたのである。
 (つづく)

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