熱海から電話が入った。野村再生工場の成功を祝す内容だった。
訪中しているのを知っての電話でもあり、友人に改めて礼を言う。振り返れば、
野村克也氏と楽屋から舞台上まで生で接した約5時間の中で、
改めて教えられることが多々あった。先ず、長時間拘束されたのだが、
講演の最中は時間が押してもストップがかからないほど、
会場との一体感を共有、情熱が伝わってくる鮮明な記憶力と、
沙知代夫人を立てるのを忘れず、偉ぶらないことだった。楽屋では、
少年野球教室に選ばれた少年たちや抽選会での記念品に、
一つ一つ、丁寧に一筆入魂でサインを記していた。
途中でやめるどころか、少しも手を抜かずに書きあげてしまった。
また、教え子である、古田元ヤクルト監督と田中将大投手を引き合いに、
感謝とは何か。についてのお話も大いに参考となったのだが、丁度、
今週号の週刊文春の記事と引き合いに、後日掲載する。さて、
・・・・・・・
張守峰氏(日照国際経済技術有限公司社長)とスタッフが、
滞在先の青島・麗晶ホテルロビーに到着したのは午後2時を少し過ぎていた。
日照市からワンボックスカーで約5時間かけての
長距離運転にもかかわらず、疲れた様子は微塵も感じさせず
笑顔の再開となった。今回の訪中目的の一つは、4月中旬に予定している、
張氏を含めたスタッフ3人の来日に必要な、招請状
(小生の在籍証明書と納税証明書、身元保証書と来日予定表)の持参と、
来日スタッフとの確認事項があり、本来であればご招待されるまま、
日照市を訪問すべきところだが、他の予定と
距離的時間的にもバッティングすることから、青島のホテルにて打ち合わせる。
中国からの研修生派遣に関しては、
昨今の日本経済の混迷と地盤沈下を想定すれば、
建設、水産、農業等に関する業種に関しては、正直、
日本での受け入れ先の先細りを懸念するところだが、どっこい、
今年も200名以上が各組合を通して、日本各地へ派遣先が決まっており、
受け入れ組合や派遣先への挨拶とPR、研修生への激励など、
きめの細かいフォローで相互の信頼感を培う目的で来日する。さらに、
・・・・・・インバウンド元年に向けた、熱海市の
中国人旅行客誘致を視野に入れ、同時に派遣法改正をにらんで、
中国人ガイド育成科目の設立を検討したいと、小生の依頼に頷いた。