9月1日の今日、
午前10時より「起雲閣」企画展示室において、
「森村誠一」文学展の、
オープンセレモニーが開催された。
市議会からは、
正副議長の他小生を含む
「観光福祉委員会」のメンバーが出席した。
この催し物の主旨は、
平成17年度に新設された、
起雲閣企画展示室において、
作家「森村誠一」氏の、
文学展を開催し、
森村氏の経歴や作品等の紹介を通じて、
熱海市が
著名な文化人にこよなく愛される、
日本一の温泉観光文化都市であることを、
広く周知し、
イメージの更なる向上と
誘客につなげるもの。
(今期限りで引退を噂されている”コンドル若井”こと若井議員畏まりの構図)
で、期間は、
今日から来年の1月21日まで開催され、
森村氏が所有する直筆原稿、
ノートブック、刊行本、写真、パネル、
ポスター、筆記具、ブロンズ像等の展示で、
会場内における、
森村氏が
熱海市の魅力について語る、
ビデオ映像の上映や、
サイン会の実施、
鶯の間における、
観光商工課主管の、
「アタミミステリー紀行」の紹介など、
盛り沢山の内容となっている。
このイベントでは、
熱海市の更なるイメージアップと
ネームバリューによる誘客効果が狙いで、
アタミミステリー紀行との、
融合によるイベントと、施設の相乗効果を、
引き出そうといういうもの。
今更ながらと、
森村氏のプロフィールを、
当局の刷り物から紹介すると、
昭和8年「埼玉県熊谷市」で生まれ、
熊谷高校から青山学院大学文学部に
進んだというから、
余談ですが、
小生がお世話になっている、
「富岡隆」氏(富岡酒店)とは、
同窓となるのです。
卒業後に、
9年間のホテル勤務を経て、
1969年「高層の死角」で、
第15回江戸川乱歩賞を受賞、
1973年には「腐蝕の構造」で、
第26回日本推理作家協会賞を
今年は「日本ミステリー大賞」を
受賞している。
「人間の証明」(昭和51年)、
翌年の「青春の証明」、「野生の証明」、
3部作を刊行し、
押しも押されもしない、
現代日本を代表する推理作家としての
地位を確立した。
森村氏は、
セレモニーの席上、
作家には”物語系”と、”非物語系”にわかれる。
私は物語系と前置きし、
高校時代に電車に乗り、
伊豆山付近を通りかかった祭、
周りの景色に目をとられ、
大事な学帽を飛ばしてしまった。
その出来事から、
熱海の印象は強い。
このまちは、
温泉、海、山、料理に至るまで、
世界でも最高の観光地と自慢できる。
石井細菌部隊をテーマに、
「悪魔の飽食」を刊行した際、
ある筋から、
身の危険を覚えるような体験を強いられ、
一時、
外国生活を余儀なくされ、
その間、
何度か「熱海」に訪れたことがキッカケで、
現在のマンションを購入し、
以来仕事場を「熱海」に構えてから、
30年近くになるなど、
今まで聞くことの出来なかった、
エピソードが自身の口から語られた。
また、
350冊近い刊行本があるが、
そのうち、
100冊ほどには、
「熱海市」が直接間接的に、
登場させてきたなど、
作家生活41年を迎えた
「森村」氏の、
熱海に対する愛着の深さも披露された。
ー母さん、僕のあの帽子どうしたでしょうねー
松田優作、岡田茉莉子、ジョージ・ケネディ主演、
東映映画「人間の証明」の、
謎を解く複線として重要な”シーン”は、
学生時代、
伊豆山付近で車窓から飛ばした、
自身の学生帽がヒントとは。(で、ないのかも)
もう一度、
今日のエピソードを念頭に、
ビデオを見てみることに。
喫茶店「加奈」や、
そば処「善作」などで何度も、
ご夫妻共々、
お見受けしてきたが、
気さくで優しいお人柄で、
とても、
70歳を過ぎたとは思えない、
若さが、
旺盛な作家活動ばかりでなく、
素顔の「森村」氏の、
顔の色艶からもうかがう事が出来た。
今後とも「熱海の至宝」として、
ご活躍をお祈りしたいものである。