月一親睦会のひとつ、
「元気会」(太田信雄会長)が
や〜や〜屋で開催された。
メンバーのうち、
胃がんの手術を終え、
がんセンターから復帰して
約2ヶ月の曽根氏は、
この日茹だるような暑さの中、
市内桃山カントリーで
ラウンド回ってきたと、
涼しい顔で話せるまでに回復し、
明るい話題を提供した。
また、メンバーのうち
PCやタブレットを持つ数人が
髙橋会長の
”わが人生”を読んでおり、
千客万来施設の、
豊洲新市場への進出をめぐり、
東京都との成り行きを
注目しており、
熱海出身の一企業家が
都を相手に
どのような決着を見せるか、
月一親睦会でも
興味ある話題となった。
さて、
その髙橋会長の自伝に入ろう。
神奈川新聞連載”わが人生”
その(62)回目である。
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ーさまざまな業種の中で
最も適していたのは
クリーニング店でした。
カウンターがあり、
ものを預かって
加工するという流れが
写真の取り次ぎと
同じだからです。
取り次ぎ点数の増加は
事業の拡大に直結しますから、
私は飛び込み営業で
取次店の開拓を重ねました。
「こんにちは!」
駅前のタバコ店、
商店街のクリーニング店や
文房具店、
近隣の方が
毎日のように買物に行く
スーパーマーケット・・・。
これはと思うお店を見つけると、
すぐにお願いに行きました。
「写真の取り次ぎ?いやぁ〜、
うちは書店だし、よくわからないから・・・」
「大丈夫です。
ご主人はお客さまから
フィルムを受け取って、
この伝票に
お名前等を書いてもらうだけで
いいんです。
うちが集めにきて、
写真が出来あがったら届けますから」
「へえ、そうなの」
「はい。そして取次店さんには
毎月、売上げの15%をお支払いします」
(つづく)
(写真は故高田定信氏(医王寺)と
故池田満寿夫氏の葬儀での写真)