羽田からソウルへ。

昨日、記載漏れしたのが、愚妻を送り届けた伊東市観光会館についてである。実は、
30数年前の旧俳優座劇場で上演された「はぐれ雲」(ジョージ秋山原作)が閉幕した後、
沢竜二座長の贔屓筋の要望でこの伊東市観光会館にて特別公演を行っていた。地方公演は、
打ち上げを兼ねた公演ということもあり、出演した役者さんが殆ど顔を揃えた。

山岸伸氏の写真展をキッカケに、カルーセル麻紀さんとの出会いを検索し、
アーカイブから2005年3月17日号を手繰り寄せてみれば、”はぐれ雲”のポスターから、
一昨年ある役者さんが亡くなっていたことに気がついた。故大浜詩郎さんである。

大浜さんの経歴詳細についてはネット検索して頂くとして、はぐれ雲でお世話になった、
大浜さんとの出会いはそれより3年ほど前に遡る。昭和48年〜49年に彼が主演したのが、

「ダイヤモンド・アイ」(NET・国際放映制作)で主人公の雷甲太郎を演じた。このTVドラマ、
仮面ライダーの流れをくむかぶり物ヒーローもので、小生がこの番組を
熱海ロケ(熱海後楽園他)を誘致しロケーションマネージャを担当した。大浜さんとは
この作品まで砧の撮影所では何度も顔も合わせていたが言葉を交わすチャンスはなかったが、
熱海ロケが決まってからは打ち解けるのが早かった。またこの熱海ロケでは、
知人の娘さんをいきなり台詞のある役に抜擢したことも思い出とし残っている。また、
沢竜二座長の「はぐれ雲」ではひょんな経緯から同じ舞台に立つ事になったが、
そんな熱海を軸にした縁を素直に喜んでくれた。たが、スポンサーのご威光とはいえ、
ポスターには小生と横並びだったことにふれ、
ー役者の領域を荒らさないでよーと、冷やかされたのを思い出す。その他、この芝居を機に
カルーセルさんを始め多くの共演者から可愛がって頂いたことが財産として残っている。

またつい最近、WOWOWで放送された”日活映画誕生100周年”から
石原裕次郎主演の日活映画「黄金の野郎ども」を録画しているが、これは、
ただ単に熱海がロケ地だっただけでなく、大浜さんが出演していたからでもある。
裕ちゃんも大浜さんも、またカルーセル麻紀さんや石森史郎氏、そして今また、
山岸伸氏を軸として熱海クロージアップの兆しが見えてきた。その一つが、
平成の金色夜叉、脱・金色夜叉をテーマとした、
「日本ストーリーデザイン大賞」が大きな意味を持つ予感を覚えつつ、

改めて大浜詩郎さんの冥福を祈りつつソウルに向かいたい。

 

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