昨日、
釧路から羽田に到着し、
品川駅から新幹線こだまで、
熱海駅に着いたのは、
午後2時46分だった。
その足で、
熱海観光港芝生広場へと向かう。
明日から始まる、
「熱海発。野外コンサート」開催へ向けて、
仮設舞台や売店ブース、
警備体制など、
各担当者同士が、
”俄か同志”の主導権を主張しつつ、
息を合わせて、
イベントを成功に導こうとする、
熱気で溢れていた。
午後3時を過ぎても、
カンカン照りの会場だが、
この天候が続くならば、
舞台から、
マイクで”自己責任”の範疇を、
呼びかけていただくなど、
熱中症や日射病への配慮を
一段と強化しなくてはなるまい。
熱海市の協力、
和田浜開発協議会や、
その他関係者のお力添いで、
よくぞここまで、(準備が整った)きたとの、
思いは深い。
財政危機宣言をきっかけとして、
市内の有志や一部団体が、
熱海市再生イベントの一環として、
企画された、
”熱海元気ですよ”第四弾の、
野外コンサートだが、
”大黒摩季が来ない”や、
”テーシャツを買わされる”など等、
開幕を目の前にして、
様々な流言飛語も飛んでいるようだが、
熱海復活と
難病者及び
障害児救済ボランティアを兼ねた、
野外コンサートである、
売店も、
テーシャツ販売も、
そうした”目的”の範疇で、
関係者全員が取り組んでいる。
来年以降も、
熱海復活、
難病者及び障害児救済を目的とした、、
有料コンサートを視野に、
ミスチルやチューブ、
サザンなどのアーチストが、
参加していただけるように、
努力を続けていく予定である。
今回の、
「熱海発。野外コンサート」に対して、
関係者全員が一致協力体制で
そうした目的の元、
臨んでいるのである。
さて、そのコンサートに関しては、
追々掲載することにして、
今日から、
在宅介護に関する、
家族愛について報告したい。
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小生の月一親睦会の一つ、
「男たちの宴」のメンバー、
野部功さん(民生委員)から、
先月、
親睦会の席で見せられた、
「在宅介護便り」を見せられ、
そのご苦労の一端を、
改めて知ることとなった。
この貴重な体験を、
広く知っていただくことで、
介護の厳しい現実を
知っていただければ幸いであり、
本人の了解の下に、
「在宅介護の体験」の実情を
お届けできれば幸いである。
これは、
平成19年4月10日発行の、
在宅介護便り(第8号)に掲載されたものを、
抜粋してご紹介するものです。
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始めに・・・平成9年1月、
妻幸子が
脳内出血の手術を受けてから、
早10年以上が過ぎようとしています。
その間、
入院、退院、幾度もの転院、
バリアフリー住宅に建て替え、
後に
脳にリンパ腫瘍が見つかり再手術、
更に転院を繰り返し、
現在の在宅介護に至るまで
無我夢中で日を送ってまいりました。
思い返してみれば、
長かったような短かったような、
絶望と希望の交差する、
ある意味で戦いの毎日でした。
今もその真っ只中にいる訳ですが、
明日もまた、
同じ一日の繰り返しと思っていると、
考えもしなかったハプニングが起こる。
一瞬たりとも
気の抜けない日々の連続です。
介護というと、
大抵は子供が親を、
あるいは妻が夫を看るケースが多いのですが、
私の場合は
自分が妻を看るという、
比較的珍しいケースであると思います。
以下、
妻を介護するに至った経緯と、
今年3月からの在宅介護の
日常の一部をここに記させて頂きます。
(つづく)