今日は午前中に
沼津市内にある知人の
法律事務所で打合せがあり、
早めのブログアップは、
髙橋弘会長の自伝
”わが人生”その(97)回目を
記載する。
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ー大手系列に属さない
「日本ジャンボー」は、
海外企業と直接取引することで、
世界の最新技術を
独自に取り入れました。
特にドイツの
アグファ•ゲバルト社とは、
同社のフィルム
「ゲバカラー」を早くから扱ったり、
1973年に
同社の指定現像所の経営を
譲り受けたり(その後売却)と、
親しい関係を続けてきました。
同社は当時。
世界第3位の写真フィルムメーカーで、
80~90年代には
ドイツの化学薬品メーカーである
バイエルンの子会社でした。
88年にイタリア製
「マキシラボシステム」を導入したのは、
同社の情報提供が発端だったことは
前回お話しした通りです。
当社が大手メーカーと
渡り合うために選んだ手段は
「薄利多売」でした。
これに欠かせないのが機械化、
コンピューター導入、
後述する
さまざまな“小さな工夫”、
そして海外企業との
直接取引だったのです。
さて、
低価格実現のための
合理化の中で行き着いたのが、
印画紙のコスト問題でした。
印画紙は
写真をプリントする専用の紙です。
(つづく)