高橋弘会長(万葉倶楽部)の自伝”わが人生”(82) ー現像所を湯河原町に移設した理由ー

さて今日は我が飲食店は、
1~2階ともお盆休みのため、
臨時休業を決めた。

で、今日は半日、

市内相の原にある、
エバック社の
天降石を原料とする
”サンドバス”や、
天降石炭素温熱岩盤の
サウナや温浴施設で、
リラックスしつつ、
老体ケアの癒し日とする。

さて、

高橋弘会長の自伝、
神奈川新聞に連載された
”わが人生”転写の(82)話である。

・・・・・・・・

ーなぜ熱海でなく
湯河原にしたかというと、

熱海市には工業系用地の
指定地区がなく、
大規模工場が建てられなかったのです。

では、なぜ

工場用地を2カ所も買ったのかというと、

2度目に買った土地には
和菓子屋さんの工場と
住居が付いていたからです。

最初に買った土地に
工場を建てる金額で、
別の場所に土地と
すぐに利用できる

建物が買えるというので、
購入を決めました。

土地が584㎡、
工場が462㎡という建物です。

和菓子工場を改造し、
最新のDPE処理の設備を
集中させました。

従業員が
数十人に増えていたので、

翌65年には

最初に取得した土地に
社員住宅を造りました。

69年には、

工場に隣接した土地
376㎡を買い増ししました。

(つづく)

 

村山憲三 ▪︎熱海市議会議員(5期)  

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