原宿ルセーヌ館で開催された、
「名月艶遊会」は、食事や交歓会の後
馬頭琴奏者「NAGISA]による、ソロ
「望郷」を皮切りに静かに始まった。
「月夜の舞」のあと、「ウルグナ河」、「大地の心」、
「蘇州夜曲」、「月がとっても青いから」の演奏では、
舞踏家パフォーマンス「HIROMI」が、
オリジナルな即興的で華麗な踊りで会場を”艶”で彩りする。
アズベール前夜祭では
耳にすることのできなかった、メロディを聞くうちに、
モンゴル慰問に訪れた時のことが目に浮かんでくる。
(原宿ルセーヌ館内で演奏するNAGISAさん)
まず、馬頭琴奏者
「NAGISA」のプロフィールをご紹介しよう。
本名:阿部 渚(あべなぎさ)
1982年生まれで、3歳でバイオリン、4歳よりピアノを始める。
中学生ではサックスを始め、
馬頭琴を頼玉龍(ライ・ハスロー氏)、ジャズピアノを北田了一氏、
サックスを原博巳氏の各氏に師事。
国立音楽院研究科作曲アレンジ科在学中。
1986-2000年/盛岡市芸術祭に演奏者として参加。
2004年/ソウルで馬頭琴を演奏し一躍脚光を浴びる。
2005年/広島、島根、静岡、千葉、埼玉、東京など、多数出演。
(NAGISAさんのアップと、右真ん中は母親の阿部裕子さん)
各演奏終了後に、息を整え清楚なロン毛を
かき上げ弦の調子を確かめる横顔からは、
近い将来には第一線に躍り出てくる可能性を秘めた
オーラのようなものが漂っている。
小生が「モンゴル」へ行ったのは平成10年のことだった。
「グローバルレインボーシップ」(五味武理事長)の
一員として、注射器や医療品等のドネーションを
モンゴルの赤十字を通して行うこと、
現在、大相撲前頭西4枚目にいる、
モンゴル出身の力士、
旭鷲山から、
ウランバートルに住む、母親に対する託を届けること、
旭鷲山の色紙をモンゴル大使館の関係者に配ることが
主な目的だった。
(旭鷲山のお母さんが手にするのはモンゴル訪問を載せた新聞切抜きと俳優の藤岡弘さん)
(旭鷲山の手形とモンゴル大使館員、小生、藤岡氏、五味会長)
時の過ぎ行くのはあっという間もなく、
あれから既に、7年もの歳月が経過した。
写真下は、白いスーツで決める「浦田参議院議員(当時)や、
ウランバートルの飛行場で偶然会った、
ナーダム祭帰りの、
歌手の「小金沢昇司」さん等との
モンゴルでの懐かしい写真。
馬頭琴はモンゴルの弦楽器。
このキーワードが既に過去形として閉じこめられていた
「モンゴル」での思い出のドアを開けたのは、
”スーホの白い馬”が演奏されると同時だった。
モンゴルに同行した「藤岡弘」さんや、
熊本選出の「浦田参議院議員」(当時)、
秘書の「宮地」君等とは今のところ疎遠となっているが、
この艶遊会をキッカケに近い将来再会するような予感がする。
NAGISAさんの演奏が終了した午後9時、
新幹線品川駅に向うべく今日の関係者に
挨拶を急ぎ、原宿を後にした。
いろいろと有意義な艶遊会だった。