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Published on 9月 4th, 2006 | by ken@jyohou.com

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和歌山行、DR喜多の生家へ

過日、
”横断歩道上の輪禍”として、
報告した、
熱海市中央町の県道交差点で発生した、
”レトロバス”運行中の事故、は、
「熱海署」の捜査の結果、
業務上過失傷害と断定されたようだ。
この”レトロバス”、
熱海市の委託事業として、
かなりの額の年間予算を拠出し、
観光客へのサービスとして、
市内ボランティアガイドの案内による、
観光施設や文化遺産等めぐりを通して、
周遊客とのコミュニケーションを図ってきた。
今回の事故の遠因が、
経費節減をはかる委託法人が、
”運転者”を、
退職再雇用など、
高齢者採用で賄っていなかったのか。
注意力、判断力、集中力など、
安全運転管理上、
この奇禍を教訓として、
”安全運行”に対する認識を、
行政と委託業者間で、
早急に再確認して
今後の事故の教訓となれば幸いである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて今日は、
過日”和歌山県内”にある、
「DR喜多」の生家や”高野山”巡りをした、
「和歌山行」の一端を振り返ってみる。
この時も、
偶然の一致というか、
不思議な繋がりが浮上して、
「DR喜多」始め、
同行した方々を驚かせた。
「DR喜多」(喜多薫氏)のお住まいは、
大阪府堺市南区宮山台の、
閑静な住宅地にある。
午前8時に、
「心斎橋グランドサウナ」をチェックアウト、
”なかおか珈琲店”で、
モーニングをとり、
「メディカルステーションきた」の、
石橋事務局長と合流し、
堺市南区宮山台で、
「DR喜多」とご子息の「誠」氏を乗せ、
一路目的地へと向った。
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松本氏(タックワールド)が運転するBMWは、
堺市から「阪和自動車道」に入り、
上之郷ICで降り、
犬鳴山を越え「打田町」から「笠田」(かせだ)をぬけ、
DR喜多の生家、
和歌山県伊都郡かつらぎ町に入る。
www.town.katsuragi.wakayama.jp/
北に和泉山脈、
南に紀伊山地を仰ぎ、
町の中心部を紀ノ川が東西に流れ、
正確に言うと、
かつらぎ町”御所”という村が、
「DR喜多」の生家で、
s-20069011.jpg
現在は従兄弟の
「喜多増雄」さんがあとを継ぎ、
ぶどう・りんご・柿・栗などの
果樹園を経営している。
s-20069012.jpg
かつらぎ町は、
フルーツの里として、
一年中、
柿・桃・ぶどう・りんご・栗など、
四季折々の、
自然の恵みが詰まった
おいしいフルーツの産地としても有名で、
     
          (喜多増雄さん)
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s-20069015.jpg
この日も、
他県ナンバーの乗用車が数台、
家族連れで、
ぶどう狩りに訪れていた。
小生も農園に入り、
丁寧に紙袋で包まれた”巨峰”に、
鋏をいれ、
”ぶどう狩り”を体験し、
刈取った葡萄をそのまま”洗わずして”、
口に放り込むと、
粒は弾力があり、
弾けた袋から濃い甘味が、
ジュワ~と広がり、
産地”狩り”の特権を、
ーもう、たくさんーというほど、
味わいさせていただいた。
一般の果物屋さんの、
半値で購入できるという、
この葡萄を、
この”生家”喜多農園で仕入れ、
熱海まで配送する手続きを済ませ、
次なる目的地、
「高野山」へと車を移動させた。
途中、
ここの出身議員で、
衆議院議員を11期つとめ、
1966年、
第1次佐藤第3次改造内閣にて
厚生大臣として初入閣し、
1976年、
福田内閣で大蔵大臣を務め、
1980年政界を引退した郷土の英雄、
故「坊秀雄」氏の墓前に手を合わせ、
来年4月、
「岸和田市」から”大阪府議”へ、
立候補を表明している、
DR喜多のご子息で、
同行した、
s-CIMG104666.jpg
「喜多誠」氏は、
志を新たかに合唱し、
必勝を期して”高野山”へと向ったのである。
(つづく)
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フルーツの里  かつらぎ
ぶどう狩り、産地直売の、
喜多農園
住所 和歌山県伊都郡かつらぎ町御所
電話 Fax兼用
   0736-22-1398   
園主 喜多増雄

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