Today's Kenzo

Published on 3月 15th, 2018 | by ken@jyohou.com

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芸妓置屋「市山」の元女将、北野姐さん(86)を訪ねる。

先日、

元芸妓置屋「市山」女将、
北野姐さん(86歳)の
自宅を訪問する。

 北野姐さんといえば、

約3年前、
年齢的な問題や
その他
置屋存続等の理由で、

名門「市山」の看板を
小生に委ねた後。

昭和41年から所属した、
熱海芸妓置屋連合組合の
組合員を退いたんだが、

起雲閣や自宅では、
後輩の芸妓衆等に小唄、
長唄、三味線と、
芸道の指導を続けている。

今回姐さんから、

二つの
思い出深い品々を
披露して頂いた。

一つは、

昭和56(1981)年度の
「現代の名工」に選ばれた

人形師・玉童(金子仁)作の
「北野正絹人形」と、

北の姐さんと親しかった
ある芸者衆をモデルにした、

挿絵画家・富永謙太郎が描いた

”番傘をさす芸妓”だった。

冨永謙太郎といえば、

菊池寛や富田常雄(直木賞作家)らの
小説の挿絵を担当した、
岩田専太郎とならぶ、
静岡出身の画家である。

この絵を描くにあたり。
モデルとなった
芸妓さんをご贔屓にしつつ、
熱海温泉を愛したという。

玉堂作の正絹人形と
冨永謙太郎作の絵は、

骨董的な価値は高くはないものの、

芸妓置屋「市山」を継承する
小生としては、
二つの作品を通して
物語となるエピソードを
北の姐さんから聞きながら、

当時、

熱海温泉を愛した、
文化人等の表に出ない、
貴重な作品を前に、

芸妓という、
和文化に裏打ちされた、
接客業の価値観について、
あらためて知らされる。

後に続く、

熱海芸妓衆の育成と
仕事の領域確保のためにも、

再度、

芸妓置屋「市山」と
北野姐さんの
これまでの歩みを
簡単にご紹介したい。

(つづく)

 

 

 

 

 


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