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Published on 8月 9th, 2017 | by ken@jyohou.com

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高橋弘会長(万葉倶楽部)の自伝”わが人生”(75) ー1964年の回想。公取委の指導と大手フィルム会社2社の対応ー

今回の関西出張も一泊2日だった。

中百舌鳥、堺市鳳、阿倍野区
港区磯路等々、
親友の案内で日程を終え、
新大阪から発の
こだまで帰宅した。



2泊したかったのだが、
年金生活と細々と
ラーメン屋の手伝いをしつつ、
愛犬や愛鳥等の
世話を受け持つ者としては、
今のところは、
一泊が限度である。

さて、

出張中の何がどうかは
後日掲載するとして、

豊洲新市場移転をめぐり、
東京都と真っ向対立する、

高橋弘会長(万葉倶楽部)だが、

ことの進捗状況を探る前に、
先ずは、会長の自伝、

”わが人生”(神奈川新聞連載)に

ブログ上の第75話を掲載する。

//////

ー1964年、

私の申告がきっかけで、
公正取引委員会は
大手フィルム会社2社に対し、

カラーフィルム価格から
現像料を分離すること、

「日本ジャンボー」に
未収の現像料を
支払うことを指導しました。

現像料を回収すべく
早速メーカーを訪ねた私に

「ご用件は承知しています。
日本ジャンボーさんで現像した
カラーフィルムは
何本くらいですか」

私は過去数年間の現像本数を
正確に記録していました。

また、

フィルムメーカーが
どういう計算で
自社系列の現像所に

現像料を払っているのかも
把握していました。

公になっていませんでしたが、

フィルムの両縁に
規則的に開けられている、

パーフォレーションという

小さな穴の数を基に
計算していたのです。

ですから私は

おおよその未収金額も
算定済みでした。

そこで資料を取り出し
現像本数を読上げ始めると、

相手は私の言葉をさえぎって
「わかりました。もう結構です」。

(つづく)


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