髙橋弘会長(万葉倶楽部)の自伝、”わが人生”その(46) ー鹿島槍ヶ岳北面登攀の思い出ー

昨日の今日である。

早速、

髙橋弘会長の自伝、
”わが人生”(46)を掲載する。

ー鹿島槍ヶ岳北面のときは
4人での登攀でした。

5月なのに雪がベッタリ残っており、

天狗尾根に
ベースキャンプを張って、
夜中のうちに
カクネ里と呼ばれる谷を降りました。

朝になると雪が緩むからです。

日の出とともに、
2組のペアになり
垂直の岸壁を登り始めました。

各自40mのザイル(登山用ロープ)を
2本使います。

ペアの相棒とは
80m離れていますから
声が届きません。

会話は児玉を利用します。

「行、く、ぞ〜」と叫ぶと、
2〜3秒後に
「行、く、ぞ〜」と返ってきます。

こだまなら相棒にも聞こえるのです。

やがて頂上に着かないうちに
日が暮れてしまいました。

2人がやっと座れるくらいの
岩を見つけ、
ビバーク(緊急野営)しました。

ハーケンを打って体を縛り付け、
ツェルトと云う
簡易テントをかぶり、

中でろうそく一本ともします。

ろうそく一本で
かなり温かくなるのです。

眠ると死ぬので
互いに頬を叩きながら朝を待ちました。

(つづく)

 

 

村山憲三 ▪︎熱海市議会議員(5期)  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

0 Comments
scroll to top