Today's Kenzo

Published on 9月 27th, 2016 | by ken@jyohou.com

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三波春夫の「熱海音頭」。昭和48年テイチクユニオン制作の依頼盤復活。

今日は池田修一氏の車で上京する。
昨日から東名高速は夜間集中工事が
実施されておりこれまでの苦い経験から

帰宅時間の大渋滞に備えて、
出かける前にブログアップしよう。

テーマは、昨日の続きから、

三波春夫さんが唄ったご当地ソング、
熱海音頭」について少しだけ
蘊蓄を語らせていただくことに。、

この唄(曲)は昭和48年に、

熱海市観光関係団体の依頼盤として
テイチクユニオンが制作した
熱海だけのご当地ソングである。

今は懐かしいアナログの
45回転のドーナツ盤で、

A面が「熱海音頭」B面には
”釜鳴り屋平七”を詠った

「義人の祈り」が

カップリングされている。

それではこれから始まる、
”縁”の不思議な物語に先立ち

「熱海音頭」の歌詞をご紹介しよう。

 

1、ハアー

海にネオンが 沈む街
人が湯の香に むせぶ街
部屋じゃ浴衣が 部屋じゃ浴衣が

ヨー ソーレ ソレソレ 色そえる
サテ チョイと 熱海へ 春来てネ

夏来て 秋来て 冬来てネ
来て見りゃ  湯どころ 日本一
ほんに湯どころ 日本一

 

昭和48年の熱海温泉といえば、
モーターリゼーションの発達と、
温泉地の価値観の相違とが相まって

観光地冬の時代を予感させる、
斜陽産業の代名詞になっていた。

それでも、

ホテル•旅館の台所事情に係らず、
新幹線を利用する首都圏からの
団体客で土日祭前日を中心に
賑わいを見せていたことと、

宴席には欠かせない、

熱海芸妓衆もその頃は
市内に1200人前後が、
ホテル旅館からの束縛を受けつつも、

飲食店や美容院、タクシー会社他
クリーニング店やアパート経営者他、

市内経済に潤いを与えていた。

(つづく)

 

 


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