Today's Kenzo

Published on 7月 24th, 2015 | by ken@jyohou.com

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飯田豊二が台湾高雄に残した文化遺産(下淡水渓鉄橋)を世界にPR拡散して観光資源に!

午前9時少し前、筋トレの最中に飯田慎一氏から、
熱海駅に着いたとの電話が入った。沼津市や
熱海も選挙区とするW代議士から連絡が入り、

来日中の李◯輝氏と接点があることから、
飯田氏と明日お会いして企画進行中の内容を
お伝えしたいとのことから、W代議士に
”日台”を結ぶ新たな観光ルートの開発及び

高雄市下淡水渓鉄橋事業に貢献し、現地に

記念碑が建つ飯田豊二とその義父、成島柳北を

熱海をキーワードに結ぶ創作コンテンツ等。

アニメを含む映像化計画等々の説明するため
その企画内容をペーパに求められた。早速、

ラーメン屋のカウンターにて大急ぎで要点を
メモ書きにして手渡した。小生から直接

W代議士に説明するよりも、沼津在住の
飯田真一氏から伝えて、その後の要請に応じて
小生が補足説明することにする。さて先日、

神田夢空間事務室には石森氏や飯田氏のほか、
森健太郎氏(ピエロ)と河野美智子氏も集まった。

それぞれが名刺交換を済ませ、集会の理由を
掻い摘んで話し、飯田氏が経緯を説明した。
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ー下淡水渓鉄橋架設工事は難工事となり
疲労が蓄積して病に倒れ、大正2年6月7日、
台南の病院で豊二はこの世を去った(享年40歳)

この工事では他に42人もの犠牲者を出した。

鉄橋の長さは1526mで台湾最長であるとともに、

当時の阿賀野原鉄橋や天竜川鉄橋よりも長く、
東洋最大の橋梁でもあった。またこの橋は

トラストゆう複数の三角形を組み合わせた
構造を用いており、24連ものトラストが延々と
続く光景は、世界の鉄道技師達を感嘆させるに
充分なものだったという。公園の中の記念碑は

この工事を豊二の死後引き継いだ小山三郎氏が
造り、記念碑の碑文には銅板に豊二の生涯の
事跡が書いてある。また終戦後、

中国国民党政府がこの記念碑を破壊しようとしたが、

近くに住んでいた鉄道局職人の”蘇進徳”が中心となり
それを拒絶し何とか破壊を免れて現在は、

台湾鉄道文化遺産として国家史跡となっている。

森くんと

 


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One Response to 飯田豊二が台湾高雄に残した文化遺産(下淡水渓鉄橋)を世界にPR拡散して観光資源に!

  1. 野田 敏司 says:

    7/17に下淡水渓鉄橋と飯田豊二さんの記念碑を見に行ってきました。偉業に感動しました。私も静岡県民ですが、飯田さんは静岡県のどちらの市、町のご出身でしょうか(熱海市?)教えて下さい。県民の誇りです。

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