熱海「豆相人車鉄道レリーフ」の”豆”知識。

釧路の親友は今回も判で押したように2泊3日のエンジョイ熱海のあと、
宿泊先のホテルサンミ倶楽部を後にした。今日は娘さんたち家族が住む
東京で一泊して、明日中には釧路の人に戻る予定だと聞いている。次回は

市長選のある9月来熱の予定だが、市長の椅子に何方が座っているのやら。で、

午前中は愛犬ふ〜との定番散歩を終えて議会事務局に入る。昨夜のうちに、
遠藤事務局職員宛にメールで請求していた、登壇用の協議事項資料を受け取り、
別件でまちづくり課の西島職員と打ち合わせる。内容は予てより、西山地区

(下松田)住民から要請のあった、カーブミラーと防犯灯設置についてと、

咲見町ホテル大江戸温泉物語玄関前と隣地の湊干物店との境界にある、

”豆相人車鉄道”(熱海市管理)に関する近隣住民からの問い合わせだった。

豆先ず、相人車鉄道を市のHPから抜粋して紹介すると、明治29年に、
熱海・小田原間の25kmを「豆相人車鉄道」が開通。わが国では初期の開通で、

所要時間は4時間ほど人夫が押すという、きわめて原始的なもの。その
駅舎の跡地に乗客の乗った人車を 3人の車丁が押すレリーフが飾られてある。
その咲見町の敷地管理とPRに関する当局の考えを質したのち、西島職員は

午前中にその全てを見て回り、要請のあった住民と話し合う。今後どうするか、
来週、本会議3日目の終了を待って、小生も現場で近隣住民と立ち会う事にする。

その他、控室には市内の印刷屋さんを始め複数の知人が訪問した。

人車鉄道石碑
西島職員

 

村山憲三 ▪︎熱海市議会議員(5期)  

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