Today's Kenzo

Published on 11月 20th, 2012 | by ken@jyohou.com

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カルーセル麻紀&石森史郎、テレ東制作、”プレイガール”以来となる再会

山岸伸写真展(瞬間の顔VOL5)で再会したゲストの一人にタレントの、
カルーセル麻紀さんがいた。カルーセルさんは小生と同郷人である。
北海道は釧路の出身というだけでなく、遠い昔に舞台で競演している。
その頃小生を可愛がって頂いた今は亡き恩人が、当時旅芸人として人気を博していた、
沢竜二氏のタニマチだったことから、沢氏が座長として、

旧俳優座劇場(六本木う)で公演したのが、ジョージ秋山原作の
”はぐれ雲”(ビッグコミックオリジナル)。沢氏は小生の物怖じしない性格を掴み、
その舞台で桔梗屋という台詞のある役を割り振ってくれた。
その芝居に出演していたタレントの一人がカルーセルさんだった。その他、

詳細はブログのアーカイブから2005年3月17日号を参照して頂くとして、当時は
舞台がはねた後、故日吉ミミさん(歌手)や、藤田弓子さん(女優)等他の共演者と共に
カルーセルさんの自宅マンションで麻雀したり、酒を飲むなど楽しい思い出は多い。また、
歌手の小林幸子さん、氷雨の佳山明生さん等とも売れ出す前にご一緒しているが、
芝居が終了してからは残念ながら彼らと疎遠となっていた。その理由の一つに、
昭和53年9月に市議会議員の補欠選挙に出馬するなど自分自身の将来設計に謀殺され
一定の距離を置いてしまったからと記憶している。ただ、カルーセルさんのことは、
自宅前がホテル(静観荘)だった頃、日本テレビ制作(国際放映)の

故石原裕次郎さん主演の大都会パートⅡの熱海ロケ誘致して以降、毎年、
石原プロモーションの忘年会が開催されることになり、当時フロント係りだった
現大川旅館のオーナーがそれ以降、昭和の後半から平成の始めにかけて忘年会を仕切ったが、
当時、カルーセルさんは石原プロのゲストとして毎回来熱しては、
2次会には今は無き「のり平」に繰り出していたことなどが記憶に残っている。そんなこんな、

山岸氏の写真展で再会したことで、上記の事を尋ねると途端に愛好を崩し、
石森史郎氏(脚本家)を囲んでしばし思い出ばなしに華を咲かせた。また
石森氏とカルーセルさんは、テレ東制作のプレイガールのシナリオを書いたご縁があり、
同じ北海道出身の爺さま同士が偶然にもオリンパスギャラリーで繋がった。
このご縁がこの先どのような進展を見せるのか。キーワードを熱海に、この再会から
”熱海”を舞台に静かにその幕が開いたのを予感させた。



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