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Published on 8月 17th, 2011 | by ken@jyohou.com

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日本映画批評家大賞選考委員会代表と事務局長の来熱決まる

富岡家、中島家と同日続いた訃報。今日は
故富岡博信氏の告別式(医王寺)と火葬場に列席する。
告別式で弔辞を詠んだのが岡本文作氏。岡本氏は故人より一年先輩。
小学校から大学(早稲田)を供に歩み、大学生時代はハワイアンバンドを結成し
お互いメンバーとしても活躍した仲だ。お二人はその後、
熱海ロータリアンとしても50年に渡り奉仕しつつ、
熱海の繁栄から凋落までを体験している。振り返ればその昔、そう、

今から50年近く前に遡る。最盛期の熱海温泉には二つの勢力が拮抗していた。
畠山派(旧つるやホテル)と山田派(旧大月ホテル)である。
どちらの大将も国会議員にまで上り詰めた政治家でもあり、当時の
熱海市議会や基幹産業を二分して勢力を誇っていた。

故人は酒屋の2代目として大月派の頭領に可愛がられ商圏を拡大、
岡本氏は建築設計士として畠山派の大将に重用され
次々と関連施設を手がけた。岡本氏の弔辞を耳に、
親友同士お二人の立ち位置について記憶を手繰らせてみた。
供に時代を駆け抜けた親友同士、その人生航路は、親を尊び、
愛情と勘定、友情をキッチリ線引きできたライバル同士でもあった。
お互いが敵と味方、ライバル陣営で才能を開花させた希有な例でもある。
そんなこんな、岡本氏には今後、
熱海温泉盛衰記の語り部として、故人の分まで長生きを念じてし
涙の弔辞にもらい泣きしてしまった。

また今日は、もう一件葬儀が入った。小生の選挙参謀の一人、
喜地尭氏のご母堂「乃ぶ」さんが91歳の生涯を閉じたのである。通夜には、
平石啓三郎氏(関東警備社長)、佐口静男氏(佐口農園)と参列する。
葬儀場では、尭氏の実兄
喜地真一郎氏と数年ぶりで再会する。真一郎氏は
ムラヤマビル買収時の店舗デザインを担当して頂いた小生の恩人の一人。

あと5分の店名を発案した小生の意を汲み、ロゴを制作するなど、
彼とのコンビでプランニングした事業が、
細々とではあるが今に続いており、感謝の念は未だ消えない。

通夜からラーメンハウスに戻り3人プラス、
俳優の伊達直斗氏と4人の夕食の席に、
高橋弘会長がヒョッコリ姿を現した。今は言えないのだが、
これまでの事業とは一線を画す、全く新しい新規事業の資料だった。先月、
76歳の誕生日を機に身体をオーバーホールしており、
高橋会長とのジャンボーグループのコンペを楽しみにしていたのだが、急遽、
石森史郎氏(脚本家)と日本映画批評家大賞選考委員会代表の
渡部保子さんと荻事務局長が来熱することが決まったのである。


熱海温泉が来年度の批評家大賞の会場候補地に挙がるよう、
しっかりガイドすることを括弧くくりに、高橋会長に不参加の意を伝える。

 

 

 


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