Today's Kenzo

Published on 9月 27th, 2010 | by ken@jyohou.com

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ドクター水素水、大丸社長と石森史朗氏の再会

今朝は、午前10時58分発のこだまにて上京する。今日は
KKベストセラーから、初の時代劇小説を出版する脚本家の
石森史郎氏と東京駅構内銀の鈴で待ち合わせ、そのまま、渋谷駅に向う。渋谷は、
ドクター水素水で全国区となった、
株式会社FDR・フレンディア(大丸智里社長)の事務所を訪問する。実は、
今から約10年程前になるだろうか、大丸氏は石森氏の紹介だった。その頃は、

石森氏と小生は築地のマンションの一室を借りて、
石森史朗青春脚本塾なるシナリオライター育成教室を開講していた。過日、
中国濰坊市合展動画、濰坊学院へご同行頂いた、脚本家の
田中貴大氏や劇画原作者として頭角を現している北原雅紀氏等は
その時代の塾生というのも縁糸を感ずる。話しは逸れたが、大丸氏は、

東宝映画のニューフェースから健食業界に転身し成功した変わり種で、
紹介された頃は、ドクター水素水は影も形もなく、
別のサプリメントを販売していた。石森氏から大丸氏をこう紹介された。

ー大丸智里氏、実は俳優伊吹徹さん。大学時代に東宝映画のニューフェスとなり、
「山猫作戦」でデビューした。1970年代に、私が松竹映画の専属脚本家時代、
フジテレビエンターティメント制作の、朝帯15分ものメロドラマ、
(たそがれに別れを)の原作、脚本、監督を引き受けた際の主役である。このドラマ、
川崎あかねさんを相手役に、
フジテレビで79本放映されそこそこの視聴率を稼いだ。この他、
必殺シリーズなどにも出演している俳優さんであるーと。この時、興味を持ったのは、

俳優さんの伊吹徹さんにではなく、健食事業を始めた
大丸智里氏に対してだった。小生の健康オタク暦は古く、大丸氏が販売する
サプリの機能と誠実な語り口に惚れ込み、
当時の購入額で30万円ほど引き受けたことで、今に繋がっている。それ以来、

大丸氏からは定期的にお声がかかり、ドクター水素水の発売から現在まで
数多くの製品を提供して頂いている。その時点から
熱海温泉を基点とする、業務用ドクター水素水の開発をお願いしていた。大丸氏、






毎年年末には、熱海に連泊している。一年の疲れをゴルフや温泉浴で癒しながら、
業務用ドクター水素水の開発研究を進めていたようで、既に、
業務用に関する試作品は出来上がっているとの回答も得ている。ただ、

小生と大丸氏、小生と石森氏の交流は頻繁にあったが、どういう訳か、
石森氏と大丸氏の接点は切れていたようで、小生が、一計を案じ、
今日のサプライズ再会を演出した。と、いう訳である。
フレンディアの事務所でのお二人の再会の様子は、
動画にてご判断頂くとして、今日のテーマは別なところにある。それは、

大丸氏と高橋弘会長との接点である。大丸氏の著書、
「時の風に向って」(幻冬舎ルネッサンス刊)の帯には、

”すべては60歳からの人生のために”人生をリスタートする秘訣、と、ある。

高橋弘会長が温浴施設の事業展開に着手したのも60歳。お二人とも、
60歳を基点として、第2のビズネスに踏み込んだのである。それも、
単なる偶然に過ぎないのか、
水と温泉、正に”水商売”で成功の階段を上って来たという、共通点がある。

高橋弘会長(万葉倶楽部)75歳。
大丸智里氏(株式会社FDR・フレンディア社長)70歳。
石森史朗氏(脚本家)79歳。その接着剤、村山憲三64歳。今後、
平均年齢72歳のオジンパワーがどこまで、世のため人のために、
必要とされ、また、喜ばれる仕事ができるか。
老化という文字を人生の辞書に書き込まないお三方が、一堂に介するのは、
今年の12月1日(水)午後6時から、
熱海ホテルサンミクラブを会場にした、
村山憲三市政報告会での席を予定している。で、今日はこの他、

平河町オフィス、山岸伸神田スタジオにて打ち合わせを終えたのだが、
予定していた、LEDの丸張株式会社(張駿社長)には、残念ながら訪問できず、
別の日に改めて伺う事を留守電に入れ、
自宅に戻ったのは、午後9時を回っていた。明日は、

熱海市議会の常任委員会(建設公営委員会)が開催される。今夜は
WOWOWから録画している、キャデラックレコードを観て眠る事にする。


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