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Published on 11月 20th, 2006 | by ken@jyohou.com

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モッツマスコミ会”忘年会熱海に決定!

今週から、
熱海市議会12月定例会に上程される、
議案に対する説明が、
当局側と各会派との間で行われている。
小生が所属する、
「熱海会」は明日に予定されている。
忙中閑あり!、
今日は久しぶりに、
のんびりし”芹沢書店”をぶらつき、
書籍を纏め買いする。
週刊誌の中から、
”高須基仁”氏が担当する、
コラムが載った一冊も忘れず購入する。
今週号の「週刊朝日」の中で、
”ニューススピリッツ”、
高須基仁の、
修羅場・土壇場・高須場を、
ゲラの段階から読んでいた。
その内容をここで抜粋すると、
「離れの・・・宿」ほのかの、
川岸洋一会長と長男「強」氏を主題に、
「再チャレンジ親子」というタイトルで、
こう書いている。
・・・・・・・・・・・・
西武ライオンズの松坂大輔投手の、
米メジャーリーグ移籍が、
スポーツ紙を賑わせていた、
11月6日、
フルキャストスタジアム宮城(仙台市)で、
「12球団合同トライアウト」が行われた。
そこに私の古い友人の一人息子、
川岸強投手(27)が参加した。
トヨタ自動車時代はエースとして、
都市対抗野球に出場。
サイドスローの即戦力として、
期待され、
03年に「中日ドラゴンズ」に入団したが、
自由契約、
つまりクビになったのだ。
ところが、
川岸は12日にも仙台に呼ばれた。
待っていたのは、
楽天イーグルスの野村克也監督。
日米野球の指揮を執るために、
トライアウトを
視察できなかった監督が、
「直接見てみたい」といって、
改めてテストしたのだ。
結果、
右の中継ぎ候補として、
入団が決まった。
トライアウトの前夜、
川岸の父は、
息子の一大事を見届けるため、
東北新幹線に乗った。
その直前、
浅草の私の会社に立ち寄った。
なじみの店でウナギを食した後、
浅草寺に向かい、
昭和の下町作家・久保田万太郎の、
御影石に刻まれた、
旬碑の前に立った。
<竹馬や、いろはにほへとちりじりに>
晩年の久保田万太郎は、
幼友達がそれぞれに、
「いろはかるた」のように、
散らばって生きている姿に触れ、
下町の人間のしたたかさを礼賛した。
それを見て、
川岸の父はつぶやいた。
「再チャレンジってやつは、それぞれだな・・」
この「竹馬の友」は熱海で、
老舗の高級旅館を経営していたが、
不振にあえいでいた。
「老舗に胡坐をかいていたんだな」
彼はセレブな旅館業に見切りをつけ、
思い切って、
「ピンクコンパニオン」と、
飲んで食って遊べる旅館に鞍替えした。
この結果、
旅館は熱海温泉で
一、二を争う
売り上げを誇るようになった。
「いろいろと旅館はあるけど、それぞれだ」
彼は万太郎の碑の前で、
私に語りかけた。
安倍首相は、
再チャレンジを掲げ、
弱者や敗者が復活戦に望むことを、
支援すると公約している。
が、実際には、
「プライド」をあえて捨てる男は少ない。
その点、
川岸親子は「ピンク旅館」と呼ばれても、
「自由契約選手」と、
脱落者呼ばわりされても、
それぞれに一度立てた旗を、
降ろすことなどなく、
己の道をひた走っているのだ。
川岸は再チャレンジに成功した夜、
ボロボロになるまで
現役を続けた”野村克也”について、
敬意を込めてこう語ってくれた。
「あのひたすら精一杯な有様がすきなんだ」
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この日、
高須氏とマスコミ各社で構成される、
モッツマスコミ会の、
忘年会を、
熱海市の「サンミ倶楽部」で開催することが決定、
花火大会ということだったが、
最上階のクラブを貸切り、
懇親会を兼ね、
高須版、
熱海路地裏再生計画(熱海カルチェラタン2007)の、
構想実現の可能性について、
マスコミ各社のご意見も、
頂戴できる絶好の催し物とするように、
詳細について話し合った。
熱海サンミ倶楽部に予約確認を済ませ、
このあと、
別口の招待を、
銀座8丁目で受け、
飲まずに帰宅したのでした。

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