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Published on 6月 29th, 2006 | by ken@jyohou.com

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DR喜夛の健康手帳(9)

昨日は、
松本哲治氏(タックワールド)、佐藤氏(ハナテンネット)と、
”近鉄特急”に乗車、
約一時間15分ほどで
三重県松阪駅に着き、
醗酵黒にんにく(ブラックガーリック)を、
製造販売している、
「醗酵黒にんにく普及協会」、
メディコムジャパンを、
訪問したのだが、
別のコーナーでジュクリご報告するとして、
昨日の続きを先ずご紹介したい。
マルチ作家”KAZUKI”と、
パートナーの”SIZUKU”さんは、
自宅兼用の事務所を仕事場にしているという。
ならば、
”ネット”を活用して
仕事の範囲を広げ効率を上げるには、
いっそ、
大阪に拠点を移し、
「タックワールド」の事務所を利用し、
ホームページを再構築し、
ブログを再開して、
活動することを進める。
スケジュール管理や、
打ち合わせ等、
難波駅に近く利便性は抜群よく、
”売り上げに応じた”%を支払うような、
条件で契約すれば、
態々事務所を構える必要はなく、
インターネットを活用すれば、
お互い一石二鳥のメリットが生まれる。
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そんな話で盛り上がったあと、
「メディカルステーション きた」に
伺う時間になり、
KAZUKIと、
SIZUKUさんをお連れし、
紹介することに。
DR喜夛に、
オリックスの清原選手が、
神戸の病院で”ブロック注射”で、
痛みをとるという、
スポーツ紙の記事を話し、
kAZUKIを紹介する。
ホームページを持っていれば、
紹介するのに非常に便利である。
DR喜夛の”石橋事務局長”の、
ラップトップを開いていただき、
”KAZUKI”のアドレスを開き、
経歴を見ていただく。
こうすることで、
親しみの距離は一気に縮まるようだ。
DR喜夛は
自身の著作「痛みは直る」を贈呈し、
今後の医師としての方向性など、
語ってもらうと同時に、
ペインクリニックという医療分野を、
「KAZUKI」には、
マルチ作家の視点で取材するには、
治療の場面を見てもらうのが最適、
ということで、
小生が治療を受けるところを、
見てもらうことに。
坐骨神経を刺激していた、
推間板ヘルニアは、
現在のところ、別に痛みはないのだが、
転ばぬ先のなんとか・・。
グサッと太い針が、
小生の背中に吸い込まれるのを見て、
ーうわ~っ、痛そうだね~-、と声を出し、
ー実はボクも首が慢性的に痛く、
 肩が凝るんですよーと、悩みを打ち明ける。
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それなら、
先生に診てもらい、
序に”痛みを取ってもらったら”と進める。
s-CIMG9868.jpg
視力の弱さかゆえか、
長年、
肩こりに悩まされてきたということだが、
DR喜夛の治療によって、
どこまで開放されるか、
楽しみである。
この後、
DR喜夛が”北浜”にある、
松本氏の関連会社にて、
懇親会へ出席するということで、
タクシー2台に分乗して、
小生等もご一緒することになった。
このあとは、明日ということで、
”DR”の健康手帳を開こう。
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人間が人間を理解する
現代医学による治療が困難な、
末期がんの症状緩和を行う、
緩和ケア施設(ホスピス)が
最近飛躍的に増えつつある。
この緩和ケアが、
従来の医療と大きく異なる点は、
医師や看護婦などの、
医療者に限らず、
ソーシャルワーカーやカウンセラー、
宗教家といった専門家が
チームを組み、
従来の医療感を超えたケアを、
患者と家族に
実践していることである。
患者は単に、
「病気を患う人」という、
一言で表されるのではなく、
「子を持つ親」であったり、
「経営者」であったりと、
数々の側面を持っている。
その側面から発生する、
さまざまな必要性に対応するには、
身体的ケアだけでは不十分である。
ここで強調したい点は、
患者が持つさまざまな側面を考慮し、
その全体像を、
大切にすることである。
三十代で子供のいない、
子宮がんの女性と、
子供いる同じ年齢の女性でも、
状況が異なり、
それぞれ必要性も異なる。
各ケースを簡素化し、
多人数に対応する一律の、
マニュアル式医療では、
患者及び家族の個人差に、
対応できない。
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多様な個人差を認め、
尊重する視点を大切にし、
緩和ケアだけに限らず、
一般医療にも、
取り入れることが、
今後の医療全体の質を、
上げることにつながると信じる。
複雑化する現代社会が、
これからの医療に望むことー
それは、
人間が人間を理解するという、
極めてシンプルなことなのかもしれない。
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DR喜多(喜多薫)
1941年和歌山県生まれ。
68年和歌山県立医科大学卒業。
75年大阪岸和田にペインクリニック開業。
81年医療法人幸会喜多病院設立。
04年病院経営から撤退
05年「メディカルステーションきた」を設立、
予防医学を中心に、
「病気にならない体つくり」をテーマに奮闘中。
俳優「小林稔侍」さんは、
学生時代からの親友。

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