憲三の不思議体験 no image

Published on 6月 13th, 2005 | by ken@jyohou.com

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「業捨」の不思議 1

過日、六本木で
アルカサバ貞方社長
    http://starperformer.jp/sp/bosyu_detail.php?bid=18
お会いした翌日、タクシーに同乗した祭の”平石啓三郎”&
”白石恵次郎”出会いのタイミングを目の当たりに、
当事者の「平石啓三郎」社長(熱海ロータリー倶楽部会長)
から、小生といると不思議な出会いや
偶然な出来事が多いと指摘されました。
そう言われてみれば・・・。
そうした現象は、ある、”療法”を続けてきた影響で、
偶然を引き寄せたり、
運気が強くなったのかも知れないと、
思い当たるふしがあるのです。
人様には俄かには理解されないでしょうが、
小生はその”療法”を延べ期間で、
20年間続けてきました。
まっ、信ずる信じないは別にして、
退屈しのぎとしてお聞きいただければ幸いです。
その療法は過去においてテレビや雑誌で
注目を浴び、今でも知っている方や体験している人は
多くいらっしゃいます。
そして療法を体験してきた大多数の方々から
各自、身の回りに
何らかの”不思議”な出来事(病完治や運気上昇)が
起きたという話を聞き及んでいます。
小生は無宗教でありますから、
この手の”療法”のジャンルについては、
超常世界やカルトチックとは異質の
単なる民間”療法”として捉えています。
今でも、日本中から療法を受けに来る人は後を絶ちませんし、
小生も現実に一年に2回乃至は3回履行しています。
その療法とは、
”業捨”と呼ばれるもので、
ネットにも紹介されています。
その療法を実践する人物は、
広島県呉市広という港町にお住みの、
谷原弘倫」さんという方です。
さて小生は6月5日(日)、その”療法”を受けるべく、
熱海発7時12分発「こだま」に乗車し、
広島県呉市に出かけたのです。
通常ですと、名古屋から「のぞみ」に乗り換え、広島まで一直線。
そこから、「呉線」(ローカル)で一時間ほどで、
」という町に着きます。
熱海から実に時間にして片道約5時間の道のりです。
  http://www.hiromachi.com/
(広島県呉市JR西日本広駅)                          (谷原弘倫さん)
s-20056810.jpg s-20056830.jpg
   http://gousha.hp.infoseek.co.jp/g-1.html      
この日は、スケジュールどおりなら、
午後13時15分頃に谷原宅に到着し、
1時間ほど”業捨”を受けてから
熱海にトンボ帰りする予定でした。
ところが、
「こだま」は、掛川駅で55分も停車したのです。
s-2005680.jpg s-2005681.jpg
原因は、
”新幹線線路内不審者侵入事件”(ブラジル人が線路内侵入)
の余波でした。このため、
予定より約一時間も遅れたのです。
広駅に停車し、タクシーで
約15分ほどの高台にある、
「うずしおマンション」についたのは、
午後3時15分を少し過ぎてしまいました。
うずしおマンション「501」号室には、先客が3人待機しており、
小生は予約から1時間も遅れたために、
時間的に日帰りを諦め、
今晩は大阪に泊ることにして順番を待ちました。


谷原氏の仕事部屋は、
3LDKで、マンションは三方を
海に囲まれた高台にあります。
部屋のベランダから海面を臨むと、
見るものを吸い込むように
”渦”が巻きながら動いているのです。(写真下段右)
(谷原宅から瀬戸内海を臨む)           (海面に渦が巻いている様子です)
s-2005683.jpg s-2005684.jpg
「業捨とは」 
ナイロン製の下着を肌につけ、
人差し指と爪の微妙なパワーによって、
頭のてっぺんから、二の腕、脚、顔に至るまで、
一時間ほどかけて”擦り”
”掻く”という療法です。
この療法により、体表が赤く蚯蚓腫れのようになり、
その人の体調によっては、、”毒黒い”
斑点が身体の所々に浮き上がってくるのです。
療法は始めから痛みが伴います。
そして特に不思議なことに、どす黒く斑点が浮き出る箇所に
指爪が充と、すべりが止まり、
ガリガリ、ガリと、音を立てるのです。
それは、我慢ができないほどの激痛も伴うのです。
かといって、その患部から出血したり
切れるなどの症状は見られません。
療法の途中で、激痛部分に掌で撫でられると痛みは消え、
”業者”が終了すると
痛みから解放されると同時に、緊張がとけ
少しだるくなるのですが、そのあと、体調が回復し
やる気が漲ってくるのです。
つまり、それぞれが背負い込んだ”業”を
”掻き出し”体外に”捨てる”という療法なのです。
谷原さんから療法を受けた、
政官財、芸能スポーツ関連を含めた
著名人の方々は
小生が知るだけでも数え切れないほどです。
小生が谷原さんと知り合ったのは、
約20年前でした。
場所は「旧臨海ホテル」(石田昭男専務)、
紹介していただいたのは、
浜町の「正ちゃんパチンコ店」の前代表
「故松田」オーナーでした。
(つづく)

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5 Responses to 「業捨」の不思議 1

  1. 雨宮高彦 says:

    <けんちゃんへ>
    七転八起は議員として、また人間村山憲三を
    知らせる意味でも有権者に最高にアピールできる
    場だと思います
    私も毎日楽しみにしています、文章の構成、表現のしかた大変勉強になります
    私も頑張って少しでも出来る様努力したいと
    おもいます
    これからも益々活躍してください 
                    雨宮 (^0^) 

  2. 村山憲三 says:

    私の恩人(22年前、ビル購入時のただ一人の保証人)であり、人生の兄貴!!。
    勇気百倍のコメント、
    お恥ずかしい限りであります。
    小生は今でも、”擦って”います。
    谷原さんに会うことで、
    20年の歳月が一瞬で縮まり、
    やる気が漲ってきます。
    熱海市再生へ役立てることが出来るよう、
    ”人脈こそ宝”をモットーに、
    今後共も頑張りますので、
    ご指導、ご支援のほど
    宜しくお願いいたします。

  3. Anonymous says:

     はじめまして!!光に回線変更し、何気なくここに辿り着きました。私も今月で業捨を頂き二年(26快)になる青森県弘前市40歳の中々の男?で御座います。
     最近の私のテーマか課題かは分かりませんが、『よく悩み・よく迷い・諦めない』てな感じであります!
     先輩のように、私もいつかは人様に感謝される人間になるのかなって・・・
     いつの日か美酒で乾杯したいですね!
                     合掌 雅斗     

  4. 村山憲三 says:

    兄貴、ありがとう。
    トシさんとも、
    理解を深め合っておりますので、
    ご安心下さい。

  5. 吉名 健 says:

    私は、谷原さんの事を、師匠と呼ばせて頂いております。村山さんにも一度お会いしております・5階までの階段を弘法水担いで上り下りしてた私を記憶に御座いませんか。嫌な事ばかり友人も亡くし詐欺にはあう神も仏も無いいっそう、そいつ等を殺して己自身も死んで終おうと思っていた。3年前の3月の彼岸に遍照金剛と共に枕元に立ち呼寄せてくれました。今思えばお大師様の縁日前です。
    それは、10年前に初めてお会いした時。貴方が心底辛いときは、お大師様と共に立つと言われていたのです。夢の中。
    私の田舎四国の遍路道をお大師様に着いて歩き師匠の元へ。そして田舎の綺麗な砂浜を西の丘よりお大師様の後ろから観ておりました。慌てて広島呉に出向きそして真実のまことを照らし観せられ命を救われた、それ以来師匠弘倫に知恵を授かりながら頑張っております。今大阪で弘倫直伝の法力又弘法水を授かり幾らとは言わず教えに従い業捨を副業として行っております。1+1=1の教えを守り。密教+顕教=仏教を取得して。生活る行をしてまいります。師弘倫ならびに遍照金剛の名に恥じぬように。又渦潮マンションでお会いしましたら。お話しましょう。南無大師遍照金剛

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